「仮面の男」は長きにわたり、多くの歴史家たちを悩ませてきた。時は17世紀、フランスの牢獄に奇妙な男が収監されていた。
この囚人は「鉄仮面」をかぶって素顔を隠していたため、「仮面の男」や「鉄仮面の男」と呼ばれていた。
- 仮面の男が握っていた秘密とは一体なんだったのか?
- なぜ彼は処刑されることなく生かされたのか?
- 王やフランス政府を脅かすほどの何かを知っていたのなら殺害した方が安全ではないのか?
- なぜ彼の顔を見た人物に注目があつまったのか?
- 仮面の男の正体はフランス市民なら誰でもよく知る人物に似ていたのではないか?
上記のように、これまで仮面の男にまつわる多くの説が挙げられ議論されてきたが、その正体は謎であった。
この記事では、仮面の男に関する次の話題について見ていくとする。
- 仮面の男とは
- 仮面の男の正体をめぐる10の説について
仮面の男とは
簡単な年表 | |
---|---|
1669年 | 囚人は逮捕されピネローロ要塞(アルプス高地)に収監された |
1681年 | エグザイルズ(ピネローロの近所)へ移送される |
1687年 | サント・マルグリット島(南フランス沖)に移送される |
1698年 | バスティーユ牢獄(パリ)に送られた |
1703年 | 監獄で死去 |
1669年、逮捕された仮面の男はフランス、アルプスの高地にある「ピネローロ要塞」に収監された。
その後、1681年にはピネローロからほど近い「エグザイルス」に、1687年には南フランスの沖合に位置する「サント・マルグリット島」に移された。
仮面の男は、この島で11年暮らしたあと、パリの「バスティーユ牢獄」に移り、息を引き取ることになる。
この囚人は話すことや手紙を書くことも禁じられており、仮面を取ろうとすれば、その場で処刑されることになっていたという。
仮面の男の正体をめぐる10の説
仮面の男の正体については、これまで多くの説が語られている。
- ルイ14世の双子の兄弟説
- ルイ14世の母の不倫により生まれた異父兄弟説
- ルイ14世本人説
- アントニオ・マッティオリ伯説
- ルイ13世とアンヌ王妃の娘説
- 二コラ・フーケ説
- ユスターシュ・ドージェ説
- イギリス貴族ジャコバイト説
- 英国の王チャールズ2世の私生児説
- ヴィヴィアン・ド・ビュロンド将軍説
①ルイ14世の双子の兄弟説
「フランス王」が仮面の男に関わっていると怪しむ人は多い。
この謎の囚人は「ルイ14世の双子の兄弟の片割れで、ほぼ同時に誕生したのに不遇の運命を辿ったのではないか」という説だ。
仮面の男は自分の身元を知らなかったが、ルイ14世が彼の居所を突き止め、今後起きかねない厄介な「王位継承問題」を避けるために世の中から隔離したと考えられる。
デュマの小説に登場する仮面の男
アレクサンドル・デュマ原作の小説「三銃士ダルタニャン物語3部作」に登場する「ブラジュロンヌ子爵」は、この説を元に書かれた。
この小説では「バスティーユ牢獄に収監されている仮面の男の正体はルイ14世の双子の弟である」としている。
また、1998年、デュマの小説をもとに作られたアメリカ映画「仮面の男」では、ルイ14世とその弟をレオナルド・ディカプリオが演じている。
②ルイ14世の母の不倫により生まれた異父兄弟説
この説は仮面の男が「当時フランスの宰相を務めていたジュール・マザランとルイ14世の母でルイ13世の妃だったアンヌ・ドートリッシュの不倫の末に誕生した子である」とする説である。
しかし、アンヌがルイ14世を妊娠した1637年12月にはマザランはイタリアにおり、この説は単なる噂話であるとされている。
③ルイ14世本人説
この説は、「仮面の男がルイ14世本人である」とする説である。
宰相マザランが自分の思うがままに政治を動かすために、扱いやすい「替え玉」と「ルイ14世」を入れ替えたとするものだ。
また、1801年には「ルイ14世は収監された後、獄中で子供を作り、その子がコルシカ島へ逃れてナポレオンの先祖になった」という説がナポレオン支持者の中で広まった。
④アントニオ・マッティオリ伯説
かつて、ユスターシュ・ドージェと一緒にピネローロ要塞やサント・マルグリット島に収監されていたイタリア人の「アントニオ・マッティオリ伯爵が仮面の男の正体」とされていた時期もあった。
というのも、仮面の男は死亡した翌日「マルショナリー(Marchiloy)」という名で埋葬されたため、この人物はマッティオリ(Mattioli)であるという説が持ち上がったのだ。
しかし、監獄長サンマールの手紙で、マッティオリ伯がバスティーユ牢獄には入ってなかったとされていることから現在ではこの説は否定されている。
⑤ルイ13世とアンヌ王妃の娘説
「ルイ13世とアンヌ王妃のあいだに誕生した子は、実は男児ではなく女児であった」とする説である。
ルイ13世はのちの王位継承問題で揉めることを懸念し、生まれたばかりの娘を隠し、男児と交換した。
その後、娘は成長し、偶然にも自分の出生の秘密を知ってしまったため、王室のスキャンダルを恐れたルイ14世は正統な王家の血を引く彼女を牢獄に幽閉した。
⑥二コラ・フーケ説
「フランスの法律家で財務官であった二コラ・フーケが仮面の男の正体」とする説もあった。
フーケはもともと有力な貴族の家柄の出であったが、宰相マザランに取り入ることで急速に出世していった。
その後、パリ高等法院の検事総長や大蔵卿(財務大臣)の地位を手に入れると、富と権力で私腹を肥やし、当時のフランスの国家予算に匹敵するほどの莫大な財産を築いた。
更なる権力の拡大を恐れたルイ14世は、数々の陰謀をめぐらしフーケを失脚させた。
フーケは仮面の男とピネローロ要塞で出会っていた?
フーケは1665年に「ピネローロ要塞」に収監され、1680年に牢獄で亡くなった。
「フーケは仮面の男とほぼ同時期にピネローロ要塞に収監されていたため、フーケが仮面の男の正体なのでは」と噂された。
しかし、実際にはピネローロ要塞で仮面の男がフーケの下男として仕えていたという記録が残っているためこの説は否定されている。
⑦ユスターシュ・ドージェ説
ユスターシュ・ドージェ説には次の2つの説が存在する。
ユスターシュとルイ14世は異父兄弟説
ユスターシュは、リシュリュー枢機卿の護衛隊の隊長だった「フランソワ・ドージェ・カヴォワ」の三男だった。
ユスターシュは私生活が派手で金遣いも荒く、多額の借金まみれの放蕩息子だった。
ある時、ルイ14世が父フランソワの実子だと知ったユスターシュはそのネタでルイ14世をゆすり金品をだまし取ろうとしたが、ルイ14世の怒りを買い、悪魔崇拝の容疑で逮捕されると、ピネローロ要塞に収監された。
ユスターシュは二コラ・フーケの執事だった説
また、ユスターシュという人物が登場する別の説も存在する。
「このユスターシュこそが、フーケがピネローロ要塞で出会った仮面の男」とする説である。
また、ユスターシュはピネローロ要塞に収監されると、すでに収監されていた二コラ・フーケの執事として身の回りの世話係になったという話もある。
このことから、ユスターシュは以前よりフーケと関わりのある人物であり、フーケ同様に表には決して出すことのできない秘密の何かを知ってしまったのではないかと考えられるのだ。
⑧イギリス貴族ジャコバイト説
ルイ14世の義理の妹エリザベート・シャーロットは、「仮面の男の正体はウィリアム3世暗殺未遂事件(フェンウィック陰謀事件)に関わったイギリス貴族ジャコバイト」だと主張した。
ジャコバイトは、当時イギリス国内で国家転覆のために暗躍していた反乱グループであり、ルイ14世はこのジャコバイトを熱心に支援していたともいわれる。
ルイ14世は、イギリス国内を追われ亡命してきたジャコバイトの首謀者をかくまうため、仮面を被せ収監したのだろうか。
⑨英国の王チャールズ2世の私生児説
「英国王チャールズ2世の子ジェームズ・ド・クローシュが仮面の男の正体である」とする説。
ジェームズは、17世紀にイングランド、スコットランド、アイルランドを治めていた英国王チャールズ2世の庶子(私生児)だったという。
当時、彼はイギリスとフランスの連絡係を務めていたが、イギリスとの関係の露呈を恐れたルイ14世により監禁されたという。
また、このジェームズがルイ14世の双子の兄弟であるとする説も存在する。
⑩ヴィヴィアン・ド・ビュロンド将軍説
フランスの軍人ヴィヴィアン・ド・ビュロンド将軍は、オーストリアでの戦闘で物資と負傷した兵を置き去りにして軍を撤退させた罪で逮捕された。
ルイ14世は、ビュロンド将軍をピネローロ要塞に収監するよう命じ、「個室に監禁し昼間には『○○(暗号未解読部分)』の条件のもとで、要塞内を歩くことを許可する」と指示していたという。
1890年、ルイ14世の暗号係だったロシノールにより作成されたとされる手紙を解読すると、上記の内容が記されていることが判明した。
この暗号未解読部分に「仮面をつける」という言葉が入ると解釈すれば、ビュロンド将軍が仮面の男の正体だと考えられなくもないが、年代などが合致しないため現在この説を支持するものはいない。
あとがき
仮面の男の正体は、これだけの説が出てきても依然として謎である。単純に死刑にしなかったことから、この囚人は王家に関係のある人物だと考えるのが妥当である。
しかし、フランスの政治家を脅しても、囚人の身元暴露に懸賞金を賭けても、記録を入念に調べても仮面の男の正体につながる手がかりは見つからなかった。関わった人物全員が見事に秘密を守りとおしているのだ。
仮面の男の正体に関して敷かれた「鉄壁の緘口令」は、一つの説を示しているのではないか。「もともとそんな人物など存在しなかったのではないか」ということを。
つまりは、王政に対するあらゆる反発を抑え込むために「虚像」を作り出したのではと考えられるのだ。「逆らえば牢獄の中で一生を終えることになるぞ。仮面の男(鉄仮面)のように」と。
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