【秘密組織オデッサ】ナチス親衛隊の逃亡を支援した組織は存在したのか?

不思議な話
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オデッサと聞いて真っ先に思いつくのは、初代の機動戦士ガンダムに登場したオデッサ作戦や現在紛争中のウクライナ南部にある港湾都市だ。

そして第二次世界大戦末期には、ナチス親衛隊の逃亡を手助けした「オデッサ」という名の秘密組織が存在したというが、現在ではその説も懐疑的に見られている。

今回は「秘密組織オデッサ」について書いてみる。

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秘密組織オデッサ

Flag of the Schutzstaffel

ルーン文字で表記した「SS」別名“黒地に銀の重ね稲妻” image:wiki

ナチハンターとして有名なサイモン・ヴィーゼンタール。

彼は1946年に秘密組織オデッサが作られ、元ナチス親衛隊(SS)の逃亡を支援したと主張した。

オデッサとは下記の頭文字をとったものだ。

Organisation der ehemaligen SSAngehorigen(英:Organization for ex-SS Members)

オデッサはおもに3つのグループで構成されていた。

①スコルツェニー派

オットー・スコルツェニーは、元ナチス親衛隊の中佐で多くの極秘作戦に参加していたことから、「ヨーロッパで最も危険な男」と恐れられた人物だった。

1945年、彼は連合国に降伏して2年間捕虜として過ごすが、ニュルンベルクで無罪判決を受けると自由の身となった。

スコルツェニーは1960年代から70年代にかけて、秘密組織オデッサでナチス要人をインドネシアや南米などの安全な避難場所へ密出国させるシステムを構築したとされる。

②ゲーレン派

ラインハルト・ゲーレンは、第二次世界大戦中、ナチス諜報機関の中心的人物だった。

彼のアイデアによりミュンヘンにナチスのスパイ組織が結成され、のちにそれは「ザ・オルグ」と名乗るようになった。

このスパイ組織がのちに、アメリカのCIAと協力関係を結んでいたゲーレン機関に発展していったと考えられている。

1945年、アメリカ軍に捕まったゲーレンは自分の釈放と引き換えに、これまでナチスが集めたロシアの全データーが入ったマイクロフィルムを渡すことを申し出る。

アメリカはこの条件を飲み、ゲーレンをナチスの捕虜リストから削除した。

③詳細不明の3つ目のグループ

名称が不明な3つ目のグループはナチス存続と再起のため、崩壊したドイツから金(ゴールド)や資金を運び出したという。

スコルツェニーもこの作戦にも携わっていた。

元ナチス親衛隊(SS)の逃亡を手助けしたとされるその他の組織

第2次世界大戦末期、元ナチス親衛隊(SS)の逃亡を出助けしたのは秘密組織オデッサだけではない。

以下のような世界的に有名な組織もナチスを支援していたとされる。

  • バチカン(カトリック教会)
  • CIA
  • 南アメリカの政府機関(チリやアルゼンチンなど)
  • ロッジP2(イタリアのフリーメイソン傘下で活動していた組織)

OSSとCIA

William Joseph (Wild Bill) Donovan, Head of the OSS

ウィリアム・ドノバンOSS長官(1945年頃) image:wiki

アメリカのOSS(戦略諜報局)は、CIAの前身となった諜報機関である。

OSSは冷戦下の対ソ連諜報活動を強化するため、元ナチスのゲーレン率いるスパイ組織と手をむすんだ。

これはナチスを雇うのは違法とするアメリカの法を破ってのことだった。

ゲーレンはアメリカから2億ドルの資金提供を受け、スパイを鍛え上げ、ゲーレン機関を創設する。

このゲーレン機関の誕生には、OSS長官のウィリアム・ドノバンとのちのCIA長官アレン・ダレスが関わっていたとされる。

IGファルベン・インダストリーズ社とナチス

IG-Farben-Gebaeude Poelzig-Bau

フランクフルト・アム・マインに現存するIGファルベン社本部ビル。ハンス・ペルツィヒの設計で1931年に完成した。戦後はアメリカ軍の最高司令部に、ドイツ再統一後はフランクフルト大学のキャンパスになった。 image:wiki

アレン・ダレスの兄ジョン・フォスター・アレンはアイゼンハワー大統領時代に国務長官であり、「IGファルベン・インダストリーズ社」でアメリカ側(アメリカンIG)の連絡係も務めていた人物。

IGファルベンは化学企業が集まった共同企業体で、ナチスを支援するだけでなく、アウシュビッツ(強制収容所)内にも工場を持っていた。

IGファルベンが製造したツィクロンβ結晶はアウシュビッツの毒ガスとして使用されていた。

NASAとペーパークリップ作戦

Project Paperclip Team at Fort Bliss

ペーパークリップ作戦で渡米したドイツ人科学者達。最前列右から7番目のポケットに手を入れている人物がフォン・ブラウン博士。フォート・ブリスにて。 image:wiki

アメリカ政府は自国の計画のためにナチスの科学者を誘拐しようと企んでいた。

それが、悪名高き「ペーパークリップ作戦」である。

アメリカの法を破ってまで実施されたこの作戦の恩恵を最大限に受けたのは、NASA(アメリカ航空宇宙局)だといわれている。

NASAはV2ロケット(弾道ミサイル)とその開発者ヴェルナー・フォン・ブラウン博士の頭脳を手に入れ、宇宙開発に利用した。

ナチハンターと呼ばれた男「サイモン・ヴィーゼンタール」

Simon Wiesenthal (1982)

サイモン・ヴィーゼンタール Dr. Simon Wiesenthal at the Centre for Information and Documentation Israel (CIDI) symposium “Zionism as a response”, at the Hilton Hotel in Amsterdam, October 18, 1982 image:wiki

第2次世界大戦終了後、サイモン・ヴィーゼンタールは世界中に逃亡したナチ戦犯を探し出し、追い詰める狩りをはじめた。

彼はオーストリア人のユダヤ教徒で戦時中はドイツ政府のホロコースト(ユダヤ人迫害政策)により強制収容所に入れられていた。

ヴィーゼンタール夫妻は運よくガス室送りを免れたが、彼らの親族はその犠牲になったという。

2005年、ヴィーゼンタールはウィーンの自宅で老衰により96歳で死去した。

彼は生涯で1100人以上の元ナチス戦犯の逮捕に貢献したとされ、1986年に候補になっていたノーベル平和賞は逃したものの、各国首脳からは称賛を得ている。

映画『オデッサファイル』は実話なのか?

Frederick Forsyth - 01

フレデリック・フォーサイス Frederick Forsyth image:wiki

オデッサ・ファイル(The Odessa File)は、イギリスの作家フレデリック・フォーサイスにより書かれた秘密組織オデッサを題材にしたサスペンス小説。

1974年に映画化されている。

あらすじ

主人公の若いドイツ人記者ペーターと秘密組織オデッサとの闘いを描く。

1964年2月末、ドイツ司法省宛てに匿名の人物から郵便が届いた。

その中身は、秘密組織オデッサの支援により海外へ逃亡した元ナチス関係者の顔写真や住所の記録だった。

オデッサファイルと呼ばれたその書類をめぐり、ペーターは様々な騒動に巻き込まれていく。

物語には、秘密組織オデッサの出どころとなっているサイモン・ヴィーゼンタールも主人公にヒントを与える重要人物として登場している。

この小説と映画は架空の物語であるが、実在した強制収容所の所長なども描かれている。

あとがき

ナチハンターのサイモン・ヴィーゼンタールは、元ナチスの戦争犯罪者の逃亡を支援する秘密組織「オデッサ」が存在すると主張した。

しかし、その後のドイツテレビ局の行った元ナチス親衛隊員へのインタビューや調査では、その組織について知る者は誰ひとりとして存在しなかった。

むしろ戦後のナチス残党は、引く手あまたで自分たちの組織を必要としなかったのではないかと考えられている。

当時、世界中の名だたる組織は自国の発展のため、ナチス関係者を保護し、その情報や知識、技術を手に入れたがっていたからだ。

なので、「秘密組織オデッサ」は自身のハンティング活動をよりドラマチックに見せるための仕掛けだったと考えられている。

事実、彼の狩りは大成功を収めた。

自分の考えた秘密組織の映画まで作られたのだから。

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コウ

どうも、コウです。
すこぶる天然な妻と二人で暮らしております。
もともと、パソコン修理のカスタマーエンジニアをしていました。
機械いじりやネット関係、謎が謎を呼ぶ不思議な事や妄想する事が好きなので、そのジャンルの情報発信と日常の中で埋没しがちな素朴な疑問を拾い上げ考察します。
えるたそ~と同じで「私、気になります病」を発症しています。
最近、埋もれた何かを掘り起こすとか、闇に葬られた何かとか、治りかけのカサブタを引っぺがすような記事が書けたらいいなと考えています。
要するに、すべてはエンターテインメントである。

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