【奇妙な死に方をした人たち③近世編】ヒゲに生きヒゲに殉ず髭ダンディズムを体現した男

不思議な話
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歴史上の人物たちが織り成す人生模様と最後に見せる一瞬の光。

我々は、そのまばゆい光の中で命の儚さと尊さを知る。

ときに偉人たちの稀有な死に様を知り、自分たちに残された貴重な時間の使い道について、もう一度じっくり考えてみるのもイイだろう。

今回は、珍しい死に方をした人たちの第三弾「近世編」を見て行こう。

第1部【古代編】、第2部【中世編】はこちら。

【奇妙な死に方をした人たち古代編】空から陸ガメが降ってくることもある

【奇妙な死に方をした人たち中世編】笑い続けて気づいたらヘブン

奇妙な死に方をした人たち近世編

①ワイン樽の中で溺れ死ぬことを選んだ男

George Plantagenet, Duke of Clarence

ジョージ・プランタジネット image:wikipedia

クラレンス公ジョージ・プランタジネットは、15世紀のイングランド王国の貴族で兄エドワード4世の王位継承に尽力した人物。

1478年、彼は兄への反逆を疑われ処刑された。

かの有名なシェイクスピアの史劇「リチャード3世」では、自ら望む処刑方法である「ワインの酒樽の中で溺死」する様が描かれている。

最後まで決定権は渡さないと言わんばかりの逆指名に驚きを隠せない。

②自分のヒゲに殺された男

Braunau am Inn 003

ハンス・シュタイニンガーの彫像 image:wikipedia

ハンス・シュタイニンガーは現在のオーストリアに属するバイエルン公国を治めていた人物。

1567年、彼は自分のヒゲにつまづいて転び、首の骨を折って死亡した。

死亡時のヒゲの長さは1.4mで、普段は綺麗に巻かれ皮袋に収納されていたという。

③マナー順守と忍耐もほどほどに

Tycho Brahe

エレファント勲章を身に着けたティコ・ブラーエ。 image:wikipedia

ティコ・ブラーエは、デンマークの貴族であり、天文学者、占星術師、錬金術師、作家と様々な顔を持つ人物で、「ケプラーの法則」で知られるドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーはブラーエの助手であった。

1601年、ブラーエはプラハでの晩餐会に出席した際、膀胱もしくは腎臓の病にかかり、11日後に死亡したという。

助手のケプラーによれば、ブラーエは晩餐会の途中で体長を崩していたが、途中退場はマナー違反として晩餐会を抜けることは無かった。

要するに、マナー順守も忍耐もほどほどに。

④笑い男

King Charles II by John Michael Wright or studio

チャールズ2世 image:wikipedia

トーマス・アーカートは、スコットランド貴族であり幅広い知識を持った博学者。

1660年、彼はチャールズ2世がイングランド王に即位した話を聞いた途端に笑い出し、そのまま笑い死にしてしまったという。

ちなみに、チャールズ2世は数多くの愛人を持ち、認知しただけでも14人の子供がいたと言われる。

そんな愛され体質全力全開の王を見かねた王宮お抱えの医者ドクター・コンドームが王のために牛の腸膜を使って避妊具を開発したのがコンドームの始まりという都市伝説も生まれた。

⑤密封された食器棚に殺された男

OldCCav

オールドコート(旧裁判所) image:wikipedia

ジェームズ・ベッツとエリザベス・スペンサーの2人は、イギリスのケンブリッジ大学コープスクリスティカレッジの生徒であった。

1667年、ベッツは恋人エリザベスの父親ジョン・スペンサー卿から身を隠すために大学内の食器棚に隠れたが、そのまま窒息死したという。

ジョン・スペンサー卿は娘のエリザベスとベッツの交際を快く思っておらず、普段から2人の逢瀬を嗅ぎつけては邪魔していた。

ベッツの窒息死は、エリザベスが父スペンサー卿の追跡から彼を守るために起きた事故であった。

彼の死を悲しんだエリザベスは、同年ケンブリッジにある旧裁判所の屋根の上から身を投げ、彼の後を追っている。

いつからか、この2人の幽霊がクリスマス・イブに出没するというのがケンブリッジ大学の都市伝説になっている。

⑥指揮棒に殺された作曲家

Jean-Baptiste Lully

ジャン・バティスト・リュリ image:wikipedia

ジャン・バティスト・リュリは、フランスの作曲家。

1687年、彼はフランス国王ルイ14世の快気祝いでキリスト教の聖歌の指揮をしていた。

彼は指揮棒のかわりに、長く重たい杖で床を叩いて指揮をおこなっていたが、目測を誤り杖で自分の足を突き刺してしまった。

それが原因で、腫瘍ができ壊疽し死亡したという。

⑦7つの大罪「暴飲暴食の罪」

Adolph Frederick of Sweden c 1751 by Gustaf Lundberg & Jakob Björck

アドルフ・フレドリク image:wikipedia

アドルフ・フレドリクはスウェーデン王だ。

1771年、彼はロブスター、キャビア、ザワークラウト、燻製ニシンの料理を食した後、ヘートヴェッグというデザートを14人前もたいらげた後、消化不良で死亡したという。

まとめ

珍しい死に方をした人たち「近世編」で紹介した7人の中で印象深い人物と言えば、やはり自分のヒゲにつまづいて、人生にもつまづいてしまったバイエルンの領主ハンス・シュタイニンガーだろう。

普段はしっかりとコンパクトに収納していたはずなのに、この時どうして1.4メートルものヒゲを放置していたのかは謎である。

長さが1メートルを超えた時、ヒゲはもはや小粋なファッションアイテムなどではなく、対人殺傷兵器に変貌するのかも知れない。

要するにヒゲに生きヒゲに殉ず。

まさに、彼は髭ダンディズムを体現した男であった。

コウ

どうも、コウです。
すこぶる天然な妻と二人で暮らしております。
もともと、パソコン修理のカスタマーエンジニアをしていました。
機械いじりやネット関係、謎が謎を呼ぶ不思議な事や妄想する事が好きなので、そのジャンルの情報発信と日常の中で埋没しがちな素朴な疑問を拾い上げ考察します。
えるたそ~と同じで「私、気になります病」を発症しています。
最近、埋もれた何かを掘り起こすとか、闇に葬られた何かとか、治りかけのカサブタを引っぺがすような記事が書けたらいいなと考えています。
要するに、すべてはエンターテインメントである。

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