不思議な話

マハティール元首相はソロスを糾弾する

1997年、アジア各国の中には金融マフィアによる悪魔の所業に気が付いている人物もいた。だが、この世界ではそのような人物はもれなく黙らされる運命にある。

この時、マレーシアマハティール首相は米国ヘッジファンドのボス、ジョージ・ソロスを名指しで糾弾したが、世界中のマスコミはマハティール氏を叩いた。

マスコミはグローバリストの所有物だった。マハティール氏はこの世のすべてを喰らい尽くそうとする魔物について、どのように語ったのか。

マハティール、ソロスを糾弾す

マレーシアのマハティール元首相は、アジア通貨危機の原因はジョージ・ソロスをはじめとする欧米諸国の投資家による実際の需要の伴わない投機的取引(空売り戦略)が原因だと主張した。

マハティール氏はマレーシアの窮状と金融マフィアの動きについて次のように書いている。

「植民地主義時代が終わった後、マレーシアは外国によって領土を支配されたことは一度もない。だが、1997年7月の経済危機以後、マレーシア経済は外国人によって支配されてきた。我が国の通貨と株が引き下げられたために、企業は重大な局面に立たされて、まともな利益を上げることができない。病める企業から法人税収入を徴収できず、わが政府は、望むべき政策を遂行するための運転資金さえこと久く状況である。こうした財源不足は、社会不安を引き起こし、政府を倒そうとする勢力を生み出すのである」

マハティール・ビン・モハマッド著/『日本再生・アジア新生』

また、アジアの経済情勢についてデタラメな記事を書き、アジア経済危機の真相を報道しない世界のマスコミに対し、マハティール氏は怒りを込めて告発する。

「ついこの間まで国際的な新聞や雑誌は、アジアのサクセス・ストーリー記事を満載していた。アジアに芽生えた新しい企業家精神を称え、アメリカのビジネス誌には、最近億万長者になったアジア人が好意的に紹介されていたのである。ところが、アジアを経済危機が襲った現在、国際的新聞のアジアに関する記事の中に、『縁故主義』『縁故資本主義』『不透明』『政治腐敗』などといった言葉が散りばめられていない記事は、一つもない。東アジアに関するすべての記事に、このような読者の気を引くためのいい加減な表現ばかりが占めている現状を見ると、ジャーナリストは自分の頭で本当に考えているのか、疑わしくなってくる」

マハティール・ビン・モハマッド/『日本再生・アジア新生』

1997年、経済危機によってアジア経済は破壊され、各国は悪魔集団に完全支配されることになった。

アジア通貨危機の原因

一般的にアジア通貨危機は次のことが原因とされている。

  • タイをはじめとする各国の経常赤字
  • 国内不動産のバブル化
  • 通貨価値のズレが放置されていたこと
  • 対外債務と外貨準備高の不均衡

1997年時点でのタイ国の例

  • 対外債務1060億ドル
  • 外貨準備高380億ドル

IMFの財政支援

1997年7月のアジア通貨危機の煽りを受け、韓国・インドネシア・タイIMFに財政支援を求め、マレーシア以外の各国は財政赤字の縮小のため次の政策を採用した。

  • 緊縮財政
  • 通貨安定のための高金利政策

韓国の格差社会がスタート

1997年、韓国IMF(国際通貨基金)の軍門に下っている。韓国経済も例外なく、アジア危機で外国勢力に破壊された。もちろんIMFを支配しているのはグローバリストである。

一般的にIMFの活動は「経済支援」と表現される。しかし、その実態は国家の奴隷化だ。IMFの経済支援を受ける国家は、経済的自由を奪われ、服従しなければならない。

この時期、韓国経済はあたかも発展しているかのように報道されていたが、現代の韓国は極端に貧富の差が激しい格差社会となっている。ある韓国のシンクタンクは当時の情勢を次のように振り返っている。

「通貨危機のあとIMFの援助を受け入れる際、企業が従業員を解雇しやすいように法制度を変えるという条件が折り込まれた。これが現在の格差のすべてのスタートだった」

「週刊文春/2012年4月12日号」

マレーシア経済危機

アジア経済危機の際、マレーシアは通貨「リンギット」が暴落した。

1ドル=2.5リンギット ⇢ 4.2リンギット

マレーシアの経済政策

その際、マレーシアは他国とは異なる経済政策を実施した。

  1. ドルペッグ制を採用
  2. 海外投資家の金融取引を規制

①ドルペッグ制を採用

マレーシアは「1ドル=3.8リンギット」に固定する「ドルペッグ制」を採用した。

これで通貨の安定を図る一方、財政支出を拡大し、金利の引き下げを断行することで景気刺激策に打って出た。

その後、経済危機が遠のいた2005年には変動レートに戻している。

②海外投資家の金融取引を規制

マレーシア資本の海外流出を防止するため、海外投資家のリンギット通貨取引を中央銀行の許可制へ変更した。

1998年9月から1年間、海外投資家「マレーシアの株式」及び「リンギット建資産の売却で得た外貨」の持ち出しを禁止した。

あとがき

1997年11月29日付の経済誌『エコノミスト』において、マハティール氏の主張は批判された。

だが、翌1998年、韓国やインドネシア、タイなどが依然として景気低迷を続ける中、マレーシア経済が景気回復の兆しを見せると、マハティール氏の執った経済政策に評価の声があがった。

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