【ファティマ第三の予言とは】闇に葬られたのは世界の終焉か?

不思議な話
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ポルトガルの都市ファティマに聖母マリアが現れ、伝えたとされるのが「ファティマの予言」です。

伝えられた予言は3つあり、これまで第一と第二の予言は、すんなり公表されました。

しかし、第三の予言だけは、その内容があまりにもショッキング過ぎたために長い間公表が出来なかった曰く付きのものと言われています。

バチカンや歴代教皇により隠されてきた「ファティマ第三の予言」とはいったい何なのでしょうか?

子供たちの前に天使が現れる

ChildrensofFatima

image:wikipedia

1916年の春、ポルトガルにある都市ファティマに住む、ルシア、フランシスコ、ジャシンタという3人の子供たちの前に自分は天使だと名乗る若者が現れました。

若者は子供たちに、祈りの言葉と身をかがめる祈り方を教えたそうです。

そして、この天使を名乗る若者との面会はしばらく続きました。

ファティマの予言とは

Virgen de Fátima

image:wikipedia

天使との面会を続けていた1917年5月13日、ついに3人の子供たちの前に聖母マリアが現れ、子供たちに毎月13日に同じ場所に会いに来るように言いました。

子供たちは聖母マリアに会い続けているうちに様々な予言を託されましたが大きく分けて3つありました。

第一の予言:死後の地獄の実在について

第一の予言は、人の死後には地獄の世界があるというものです。

罪深い生活を送ることで多くの人が、死後に地獄へ送られるそうです。

3人の子供たちは聖母マリアに地獄の光景を見せられ戦慄を覚えました。

また、地獄は神話などではなくホントに存在しており、死後に全ての人が行く可能性のある場所で1度入ってしまったら出ることは出来ないと語っています。

第二の予言:大戦の終わりと勃発

第二の予言は、大戦の終わりと勃発についてでした。

子供たちは、第一次世界大戦が間もなく終わるというメッセージを受け取ります。

しかし、人々が生活を改めて罪を悔い改めないなら、さらに大きな戦争が起きてたくさんの人々が犠牲になると聖母マリアに告げられたそうです。

ファティマ第三の予言

聖母マリアが伝えた3つ目の予言、いわゆる「ファティマ第三の予言」は、バチカンのローマ教皇庁によると、「教皇暗殺」に関するものという公式発表でした。

聖母マリアは、1960年になるまでは第三の予言を公開してはいけないと指示していたので、それまで秘密にされていました。

しかし、どういうわけか教皇庁は1960年になっても第三の予言を公開せず、それから40年後の2000年に発表されました。

第三の予言が公開されなかった経緯

長い間、予言が公開されない理由については、核戦争や第三次世界大戦に関することだからではないかとも言われていました。

1960年代に第三の予言を閲覧したローマ教皇ヨハネ23世は、その内容に衝撃を受け予言を再び封印しました。

また、次の教皇になったパウロ6世もやはり予言の内容を目にし数日間、意識を失ったといいます。

そんな経緯もあり、ファティマ第三の予言の公開は40年間先送りにされていました。

第三の予言が原因でハイジャック事件も起きていた?

1981年5月2日、カトリック修道士により、アイルランド航空便がハイジャックされました。

その犯人の要求は「ファティマ第三の予言の秘密を公開せよ」だったそうです。

ファティマ第三の秘密・教皇庁発表によるファティマ「第三の秘密」に関する最終公文書

St. Peter's Basilica Facade, Rome, June 2004

image:wikipedia

2000年にバチカンが「ファティマ第三の秘密・教皇庁発表によるファティマ第三の秘密」に関する最終公文書を発表しています。

ファティマの聖母 - Wikipedia

第三の予言の内容は、公式では教皇暗殺未遂事件に関することという解釈です。

しかし、上記の公文書では、教皇だけでなく「司教・司祭・修道士」など様々な階級の信徒もターゲットになっています。

なので、教皇庁やバチカンの崩壊を予言したものにも思えるなと個人的には感じました。

教皇暗殺未遂事件とは?

Johannes Paul II - Bill Clinton

image:wikipedia

第264代ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世は2度の暗殺未遂に遭遇しています。

ファティマ第三の予言は、この暗殺未遂事件のことであるというのがバチカンの公式見解です。

①1981年5月13日の事件

ヨハネ・パウロ二世は、バチカンのサンピエトロ広場でトルコ人マフィアにより銃撃を受ける。

銃弾は2発命中し重症を負ったが奇跡的に一命をとりとめた。

ヨハネ・パウロ二世は、2005年に自身の著書で暗殺事件の犯行は共産主義者によるものと発表している。

また、この事件が起きた5月13日が「ファティマの聖母出現の記念日」だったため、「聖母が弾丸をそらして下さりました」と語っていたそうです。

②1982年5月13日の事件

翌年の1982年の同じくファティマの聖母出現の記念日である5月13日。

前年の暗殺未遂事件で救ってくれた聖母の加護に対し感謝を捧げるため巡礼で訪れたポルトガルのファティマで反バチカン派のスペイン人のクロン神父に銃剣で襲われます。

教皇は負傷したものの命に別状はなく犯人のクロン神父を許し巡礼旅行を続けました。

クロン神父は現行犯逮捕され懲役6年の判決を受け、リスボン刑務所に3年服役しました。

ファティマの奇跡(太陽の奇跡)

Newspaper fatima 353

image:wikipedia

ファティマの奇跡とは、「1917年10月13日に聖母マリアが現れて奇跡を行う」という予言を目にするために集まった約7万人の群衆の中で発生した不思議な現象です。

新聞は当時の異常現象の証言を報じています。

この異常現象は以下のような太陽の異常活動に関するものでした。

  • 太陽が空中でダンスしていた
  • 太陽がジグザグに動いていた
  • 太陽が地上に向かって突進してきた
  • 太陽が色とりどりのまばゆい光を放っていた

しかし、当時の世界各地の天文台では、このような太陽の異常な活動は確認していません。

となると、この時その場にいた群衆全員が同じ幻覚を見た事になります。

また、その場に居合わせた新聞記者や群衆を散らすために出動していた山岳兵部隊もこの現象を目撃しその場でキリスト教に回心したと言います。

さらに、ポルトガルの全ての新聞で大々的に伝えらえ、この不思議な現象はこの世の終わりの前兆ではと考える人も多かったそうです。

3人の子供たちのその後

Santuário de Fátima

image:wikipedia

名前性別当時の年齢享年
ルシア10歳97歳
フランシスコ8歳10歳
ジャシンタ7歳9歳

気になる3人の子供たちのその後ですが、フランシスコ・マルトとジャシンタ・マルトの兄弟は、予言通りにまもなく病死しています。

また、1人残ったルシアは修道女になり予言の内容を教皇庁に伝え続け、97歳で死去しました。

というか、フランシスコとジャシンタは兄弟だったんですね。

聖母マリアによる死亡宣告された2人の兄弟の恐怖は計り知れない。

ジャシンタの遺体は奇跡に認定された

不思議なことにジャシンタの遺体は現在、奇跡認定されファティマ大聖堂に安置されています。

というのも、1935年と1951年に墓地から遺体を掘り返したところ顔の部分はまったく腐敗していなかったそうです。

というか、何で墓を掘り起こしたんでしょうかね・・・。

そっちの方が疑問です。

ファティマ第三の予言は未だに闇の中

ファティマ第三の予言は以下のような理由から「バチカンの発表は虚偽あるいは公開されたのは一部だけではないのか」と言われています。

  • 2000年に発表された第三の予言は第一・第二の予言よりもスケールが小さ過ぎる
  • 1960年代の教皇が絶句し40年間も発表を見送った内容とは到底思えない
  • 1981年に起きた教皇暗殺未遂事件と内容が食い違っている

ファティマ第三の予言の真実は未だに闇の中なのかも知れません。

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どうも、コウです。
宮崎県在住、妻と二人暮らしです。
もともと、パソコン修理のカスタマーエンジニアをしていました。
機械いじりやネット関係、謎が謎を呼ぶ不思議な事が好きなので、そのジャンルの情報発信と日常の中で埋没しがちな素朴な疑問を拾い上げ考察します。
えるたそ~と同じで「私、気になります病」を発症しているので好奇心をエサに生きています。

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