日米合同委員会。巷でその名を知る人もいるが、実態は謎に包まれている。日本のエリート官僚と在日米軍の高級軍人で構成される組織だ。
隔週の木曜日、米軍の施設や外務省で開かれる密室の会議。そこでは、これまで在日米軍の特権維持のため、いくつもの秘密の合意が生み出された。
しかし、それらの密約は日本の憲法をはるか上空から見下ろし、米軍に治外法権的な特権を与えている。
- 日米合同委員会と合意事項について
日米合同委員会については2023年の国会でも議論されている
2023年3月23日の参議院予算委員会でも「日米合同委員会」について触れられている。
「れいわ新選組」の山本議員は、植民地や北方領土問題、日米合同委員会、イラク戦争などについて政府に問う中で次のように言及している。
不透明、ブラックボックス、憲法より上の存在。それが日米合同委員会でございます。
れいわ新選組・山本太郎/「2023年3月23日参議院予算委員会」より
日米合同委員会の日本側代表は外務省
2002年7月3日付け、在日米軍司令部の内部文章『合同委員会と分科委員会』によれば、日米両国における合同委員会の事務機関は以下のようになっている。
- アメリカ側代表:「在日米軍司令部副司令官」と「合同委員会事務局」
- 日本側代表:「外務省北米局長」と「北米局日米地位協定室」
日米合同委員会で合意された密約
日米合同委員会で合意された様々な密約は米軍関係者を特別扱いし、彼らの犯罪の起訴率がきわめて低いという現実をもたらしている。
この程度なら罪に問われることはないという意識を米軍関係者の間に植え付け、今なお続く在日米兵犯罪の温床となっている。
米軍関係者を特権的立場に置くことで、刑事裁判権という主権の行使が秘密裏に侵害され、もはや独立国とは言えない事態が長年に渡って放置されている。その代表的な密約には次のようなものがある。
- 航空管制委任密約
- 裁判権放棄密約
- 身柄引き渡し密約
①横田基地と「航空管制委任密約」
「横田空域」は、首都圏を中心に一都九県の上空をすっぽりと覆う広大な空域だ。そこはおもに米戦闘機の飛行訓練や輸送機の発着などに使用されており、日本の領空なのに日本の飛行機が自由に飛ぶことが許されない。
しかも、この米軍の特権には国内法上の法的根拠はなく、日米地位協定にもその法的根拠が記されていない。事実上、日本の空の主権は米軍によって奪われている。その背後にあるのが「航空管制委任密約」である。
この密約は「横田空域での航空管制を米軍に委任する」というもので、日米合同委員会で合意されれば、巨大な特権を米軍に与えることができてしまうのだ。
②裁判権放棄密約
「裁判権放棄密約」とは、米軍関係者(軍人・軍属・それらの家族)の犯罪が起きても、「日本にとって、いちじるしく重要な事件以外は裁判権を行使しない」というもの。
③身柄引き渡し密約
「身柄引き渡し密約」とは、米軍関係者の被疑者の身柄を極力、日本側で拘束せず、米軍側に引き渡すというもの。
合意文書は非公開
日米合同委員会の合意文書や議事録はすべて原則として非公開である。国会議員に対しても秘密にされ、主権者である国民の目からも隠されている。
議事録や合意文書のごく一部の当たりさわりのない合意の要旨だけが外務省のホームページに載っているだけだ。
また、各合意のうち基地、演習場などの提供や返還に関するものは防衛省のホームページに掲載されている。
合意の数は公表されていない
日本政府は合同委員会で合意された事項の総数を公表していない。
これまでどのくらいの合意がなされてきたのか見当もつかないが、日米合同委員会が承認すれば、すべては闇の中に封印できる仕組みになっている。
このような、ごく一部の官僚たちが在日米軍人らと密室で取り決めた秘密の合意(密約)が国内法(憲法)を浸食し、日本の主権を侵害している。
合意の数を記した文書は存在しない
『日米合同委員会の研究』の著者、吉田敏浩氏は外務省に対し『日米合同委員会の合意数を記した文書』の開示請求をしたが、該当する文書は存在しないとの通知が届いたという。
しかし、過去に国会で外務省北米局長が合同委員会の合意の概数を明らかにしたことがある。1995年10月24日、参議院外務委員会で当時の北米局長・折田正樹氏は次のような答弁をしている。
「全体で何件あるのか集計していないが、施設・区域の提供に関しては約3,500件の合意がなされている」
「施設・区域」とは米軍に提供している基地や演習場のこと。1995年当時で約3,500件の合意があったのだから、その後もさらに増えているはずだ。
合意文書の不開示理由
議事録や合意文書の不開示理由は、いつも同じ内容でその主旨は次のようになっている。
- それらは「日米双方の合意がない限り公表されない」ことを前提にした記録だから
- 公表すれば日米間の信頼関係が損なわれるおそれがあるから
- 公表するとアメリカ側との忌憚のない協議、意見交換が阻害され、米軍基地問題への日米両政府の対処能力を低下させるおそれがあるから
- 米軍の安定的駐留と円滑な活動が阻害され、国の安全が害されるおそれがあるから
- したがって情報公開法第5条3号の規定により非公開にできる「国の安全・外交に関する情報」に該当し、不開示
合同委員会の議事録や合意文書については、「日米双方の合意がない限り公表されない」という規定が地位協定に明記されているわけではない。ただ、日米合同委員会でそう取り決めているだけだ。
合意事項はメモランダム(覚書)として提出・承認される
合同委員会の下部組織である分科委員会や部会などで合意された事項は「メモランダム・覚書(おぼえがき)」や「勧告」として日米合同委員会の本会議に提出され、承認を受けることになっている。
日本のエリート官僚と米軍の高級軍人らが密室で対面し、日米双方から会合の議題となる内容を記したメモランダム(覚書)を提出する。それを一読してから協議に入るというスタイルは発足当初から現在まで続いている。
合同委員会の協議は、メンバー以外は入れない密室で行われるため、具体的な様子は明らかにされていないが、過去の新聞記事の中に合同委員会にふれたものがある。
「合同委員会の発足当時は毎週木曜日にひらかれたものだが、最近では二週間おきに市ヶ谷の米軍司令部と外務省で順番にひらく。最近の情景を取り上げると・・・長い机の一方は日本政府代表・千葉外務省アメリカ局長、今井調達庁長官、西原大蔵省財務官ら関係者がズラリとならぶ。これと向かい合って在日米軍参謀次長ハバート海軍少将以下、陸海空三軍からの代表代理、オブザーバーの大使館員らが座る。まず、その時々の問題をメモランダム(覚書)として相手方に渡す。これを一読したところで協議がはじまり、メモランダムを出した方の『お説』を拝聴ということになる」
1957年4月9日読売新聞朝刊『日米安保条約、改廃をめぐる諸問題、合同委員会の実情』
議題にのぼったメモランダム(覚書)の例
この記事には当時、合同委員会の議題にのぼったメモランダム(覚書)の例が挙げられている。議題の内容は様々でピンキリだった。
- 立川飛行場の滑走路拡張を求める件『砂川事件』
- 『相馬ヶ原農婦射殺事件』
- GI相手の夜の女問題の件
- 演習行軍中のアメリカ軍が列車をとめるのは困る
- 天然記念物指定の白鳥を射殺した
砂川事件
『砂川事件』とは、1955年秋と56年秋に当時の東京都砂川町(現・立川市)にあった米軍立川基地の滑走路拡張のため、日本政府が地元農民の土地を強制収容しようとした事件。
警官隊を導入し、強制測量をおこなった際に、農民を中心に町ぐるみで反対運動が巻き起こった。
測量を阻止しようとした農民と支援の労働者、学生に対し警官隊が流血の弾圧をおこない、負傷者が続出した。
相馬ヶ原農婦射殺事件
『相馬ヶ原農婦射殺事件』とは、1957年1月30日、群馬県相馬ヶ原の米軍演習場で使用済みの空の薬莢を拾っていた農婦を米陸軍兵士ウィリアム・ジラードが小銃で射殺した事件。
ジラードは空の薬莢をばら撒き、「ママサン、ダイジョーブ」とカタコトの日本語で主婦をおびき寄せ、発砲した。
米軍は公務中の事件なので裁判権はアメリカ側にあると主張したが、日本の世論は反発し、怒りが高まった。そのため日本の検察当局はジラードの行為は公務とは無関係であるとし、日本側の裁判権行使を求めた。
日米両政府間の話し合いの結果、反米感情の高まりを避けたいアメリカ側が裁判権の行使を取りやめ、検察はジラードを傷害致死罪で起訴した。
だが、その裏では「傷害致死罪より重い罪で起訴しないこと」、「裁判所にできる限り刑を軽くするよう勧告すること」を条件にアメリカ側が裁判権を行使しないという密約が日米合同委員会で合意されていた。
1957年11月19日、ジラードは前橋地裁で懲役3年、執行猶予4年の判決を言い渡されたが、その直後に帰国。除隊となり何のおとがめもなく自由の身になった。
この件は、のちにジャーナリストの末浪靖司氏の発見した「アメリカ政府解禁秘密文書」で明らかになった。
メモランダム作成手順
在日米軍司令部の内部文書『合同委員会と分科委員会』にはアメリカ側のメモランダム作成手順が記されている。このメモランダムには在日米軍の意向、軍事的観点からの要求が色濃く反映される。
議題にしたい事項について、在日米軍司令官や在日米軍(陸・海・空・海兵隊)の各司令部が事前にメモランダムを作成する。それを日米合同委員会事務局に提出し、正式なメモランダムとしてまとめる。
内部文書『合同委員会と分科委員会』には本会議(日米合同委員会)や分科委員会、部会などに出席したアメリカ側の代表や米軍の各担当官は会合の要旨を毎回報告しなければならないと記されている。
文書はすべて英語で記述される
メモランダムや勧告、議事録、合意文書などは、すべて英語で記述される。
日米合同委員会のアメリカ側事務局スタッフが各会合の議事録、承認事項をまとめて文書にし、必要な部数を日本側に渡す。
日本側の事務局スタッフ(外務省北米局日米地位協定室)は合同委員会の活動の記録と合意事項を文書にし必要な部数をアメリカ側へ渡す。
日米合同委員会は特権維持のためのリモコン装置
日米合同委員会を通して見えてくるのは、この国が真の主権国家、独立国とは言えない悲しい現実である。秘密会議においてアメリカ側の軍人が強硬に主張したことは、ほぼすべて受け入れられているのが現状だからだ。
要求は在日米軍の上層部「米太平洋軍司令部」と米軍トップ「統合参謀本部」の方針に基づいている。『日米合同委員会の研究』の著者・吉田敏浩氏は日米合同委員会は日本における「米軍の特権を維持するためのリモコン装置のようなもの」と述べている。
日米合同委員会は占領時代から現在に至るまで在日米軍の特権を維持するためのリモコン装置である。そのような政治上の装置が機構の中枢に埋め込まれ、日本の内部に憲法が通用しない闇の世界を作り出している。
このような状態を放置したままで「憲法を変えたい」とのたまう某党の改憲議論など、そもそも成立するはずがない。日米合同委員会の問題に手を付けることもなく、何が「日本を取り戻す」なのだろうか。憲法も法律(裏金・脱税)も守らない連中が憲法改正するとか寝言は寝て言えなのである。
- 『日米合同委員会の研究/謎の権力構造の正体に迫る』/吉田敏浩著
- 『日米戦争同盟/従米構造の真実と「日米合同委員会」』