クマを逃す仕事
今は2035年の日本。2025年の秋頃から冬眠しない野生のクマ、いわゆる「穴持たず」が住宅地に降りてきて人を襲う事件が各地で頻発し、ニュースでも取り上げられるようになった。
このクマの問題のおもな原因とされているのは、次の4つとされる。
- 里山の過疎化と放棄
- 人里の誘引物の放置
- 山の餌不足
- 人間を恐れないアーバンベアの定着
近年、急増している根本的な原因は上記のような人間側の社会構造の変化と自然環境の変動が重なって、人とクマの生息域の境界が曖昧になったことだろう。
かつては人間が薪や山菜を採るために利用してきた「里山」が人とクマの「緩衝地帯(クッション)」の役割を果たしてきたが、過疎化により放置されるようになった。
この里山に人の手が入らなくなったことで藪が増え、クマが身を隠しやすくなり、生息域が人間の生活圏のすぐ近くにまで広がった。もはや里山はクッションではなくなっている。
高齢化により収穫されないまま放置された柿や栗の木が増加している。これらはクマにとって格好の餌場になる。
また、管理不十分な生ごみや屋外に置かれた漬物、ペットフードの匂いなんかもクマを引き寄せる原因になりうるということだ。
さらに、山の餌不足も見逃せない。ブナやミズナラなどのドングリ類が凶作になると、クマは空腹を満たすために自然と人里に近い場所まで行動範囲を広げてくる。
気候変動による気温上昇などがドングリの生育サイクルに影響を与える可能性も指摘されている。
それだけではない。環境の変化にともない最近では「アーバンベア(都市型クマ)」という新たな名称もよく耳にするようになった。
人里で食べ物を得る経験をしたクマは「人間は危険ではない」と学習するらしい。そして人里への出没を繰り返すそうだ。これがいわゆるアーバンベアと呼ばれるものだ。
線状降水帯という言葉が出てきた時も、「何じゃそりゃ?」なんて感じだったけれど、アーバンベアもいずれ聞き慣れた言葉になって違和感を覚えることも無くなるのだろうか。
まあ何にせよ、警戒心を失くしたクマが住宅地に定着してしまうのは深刻な社会問題といえる。これが、世間一般で言われるクマ問題の表向きの理由だ。
ところで、世の中には意味がよく分からない仕事というものがある。なんのために存在しているのか。誰が何のためにそんな仕事に資金を投じているのか。まったくもって意味不明だ。
この6月から始めたバイトもそうだ。詳しくは話せないけれど、ある時期から東北地方のある山の中に野生のヒグマやツキノワグマなどを捕らえて管理するクマ牧場のようなものができた。
このクマ牧場が存在する目的は、もちろん動物園のように客を入れて間近でクマを見せるためのものでは決してない。
この場所からクマの入った檻をトラックに積んで指定された場所まで届けるのが僕の今の仕事。つまりは運び屋だ。届けた後の作業は現地の担当者が引き継ぐ。
檻に入れられたヒグマは麻酔銃で眠らされて今は夢の中。届け場所はその日によってまちまちだけど、山が近い住宅地のソバが届け先になることが多い。
その方がクマが目覚めたあと、すぐに暴れられるからで、発見されてニュースになるのも早い。
でも少しだけ彼らには同情してしまう。もし捕獲されれば、またクマ牧場に戻される。つかのまの自由を手に入れても、牧場と市街地を行き来する不条理のループから抜け出すことは出来ない。
クマを運んで数万円貰える高額バイトだけど、いったい誰が何のためにこんなことにカネを出しているのかは分からない。
僕を雇った担当者に聞いてみたが、「それを君が知ってどうする?それを知ってしまったら君、消されるよ」と急に睨みつけるような怖い顔で言われた。
と思いきや次の瞬間表情が変わって、今度は満面の笑みを浮かべながら「やだなぁ、そんなにビックリした顔しないでよ、冗談だよ冗談」と、よく分からないうちにはぐらかされてしまった。
それ以来、この件についてハッキリ突っ込んで聞く勇気も失せてしまった。「これもいわゆる、闇バイトなのだろうか?」なんて考えているうちに目が覚めた。
窓の外はもう明るくなっていた。今日もまたこんな夢を見た。
