カルトってなんだろう?

辞書で〈カルト〉という言葉の意味を調べてみると、もともとの意味は「宗教的崇拝」という意味だったが、それが転じて、現在では「ある集団が示す熱烈な支持」を意味することが多いようだ。

かつてはキリスト教もユダヤ教のカルトとして始まって、死海文書を記した砂漠の修行僧の集団エッセネ派(サマリア人)と同じように蔑まれていた。

サマリア人は古代ヘブライ人と民族が異なるだけでなく、モーセ五書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)以外は認めなかった。

しかし、カルトと呼ばれていた集団も、やがては多くの信者を集めて布教を展開し、経済的にも豊かになり、社会的な地位を獲得していけば、母胎となった正統派の団体組織から認められ、独立した宗教として発展していくこともある。

正統派宗教の会員が口にする「カルト」という言葉には侮蔑の意味が込められている。それは、すでに権威となった自分たちに立ち向かってくる異端の勢力を削ごうとするためだ。

多くの福音派のキリスト教徒はエホバの証人やクリスチャン・サイエンスなどのような、大規模になりすでに確立された団体でさえカルト扱いし、正統派キリスト教の分派としての地位を認めようとしないという。

主義(イズム)教義(ドグマ)を説明する場合、そこには極力、善悪の価値判断を入れない方が良いだろう。中には教義が奇抜すぎて、つい注目してしまうカルト団体もあるかもしれない。

しかし、教義よりももっと興味深いのは集団の指導者と会員の間の力関係の方だったりする。これはしばしば〈教祖〉〈信者〉という言葉に置き換えることもできるだろう。

心理学者や社会学者の視点からカルトを眺めてみると、集団を支配する指導者とその人物に絶対服従する会員との間に威圧的で全体主義的な関係性がみえてくる。

カルトをカルトたらしめているのは、信じている〈教義〉よりも、指導者がどれほどの権威を持ち、会員がどれほど奴隷のように服従しているかにある。

心理学者のロバート・リフトン氏は自身の論文の中で、カルトを「世界中に広がったイデオロギー的全体主義、または原理主義という疾病の一様相」と定義し、その特徴を三つあげている。

  1. 崇拝の対象になっているカリスマ的リーダーの存在
  2. 強制的説得と思考改革、つまり洗脳
  3. カルトのリーダーによる一般会員の経済的、性的、心理的な搾取

ここでいう〈強制的説得〉とは、「教団内の人間の内部をコントロールするため、会話など、その人間の置かれている環境をコントロールすること」を意味する。

たとえば統一教会。創設者の文鮮明が主催する集団結婚式はカルトによくあるプライバシーや個人的自立を侵害する特徴的な儀式だ。同様に、サイエントロジーという団体は信者を搾取したり、脱会者を脅したことで非難されてきた。

カルト会員のための「脱会カウンセラー」をしている元統一教会の会員だったスティーブン・ハンサン氏は、カルトを次のように定義している。

「ピラミッド構造、独裁主義の集団や人間関係、詐欺、勧誘、マインドコントロールが信者を教団にずっと依存させ、命令に服従させるために利用されている。カルトはごく小さな集団かもしれないし、国家全体に及んでいるのかもしれない。マインドコントロールではとりわけ行動、情報、思考、感情のコントロールに重点がおかれている」

カルトと宗教は親和性が高いと思うけど、ここで誤解してはいけないのは「宗教=カルト」ではないということ。

人が集まり、集団が形成されれば、その規模の大小を問わず、いつでもその集団、団体、組織はカルトになる可能性を帯びている。それは例えば政党やその支持者においてもしかり。

追伸:ジェミニに作らせたアイキャッチ画像が思いのほか不気味すぎて怖いのが心残りなのだった。