時代の申し子。稀代の政治家。国会に重度障害持つ議員を送り込んだ史上初の政治家。元山次郎。彼の異名や通り名とされるものは数え上げたらキリが無いとも言われている。

貧困層の爆発的増加という近代日本を襲った未曽有の危機により生み出された奇跡の政治家がセンセーショナルな政界引退劇を見せてから、今年で早10年が経つ。

その引退後10年の節目に、なんと何の変哲もない一介のフリーライターである自分が独占インタビューできることになるとは、三次元以外のどこの次元でなら起きうる奇跡なのだろう。

まあ、種を明かせば話は実に単純なもので、そこに奇怪な仕掛けなどは一切存在しない。私の叔父がたまたま大手新聞社の政治部の要職に就いており、元山氏がまだ国会で野党の喧嘩屋としてブイブイ言わせていた頃からの付き合いなのだとか。

以前、叔父とそのガチンコ政治家について話をしたことがあった。あるとき芸能界という荒波から離れ、魑魅魍魎が跋扈するこの世の幽界ともいうべき国会へとその闘争のステージを移した彼の生き様には非常に興味深いものがあった。叔父はその時の話を覚えていたらしく、今回の取材の席が無事整えられた。

場所は東京・西新宿の北通り沿いのヒルトン東京。ここの37階にあるエグゼクティブラウンジから眺めるパノラマビューが最高なのだ。ちょうどこの日も天気が良く、思った以上に空気が澄んでいるのか、真ん中から頂上付近までが薄っすらと白く色づいた富士の景色が目に飛び込んできた。

窓際の二人掛けの席につくと、元山氏もコーヒー好きということで、アイスコーヒーを二人分注文した。あの時代が生んだ奇跡と言われる政治家を目の前にして、最初こそ緊張で声が上擦るような場面もあったが途中で落ち着きを取り戻し、取材は順調に進んでいった。

そして、引退当初から気になっていて、ずっと聞きたかったことについて聞くことにした。

「10年前、元山さんが党で借りたレンタカーで高速道路を走り、スピード違反で検挙された事があったじゃないですか?」

「ああ、あの時は多くの支持者の皆さんに対して、本当にご迷惑をおかけした。いつも乗っている車とは違って、ラグジュアリーでとても静かで滑らかなエンジンフィーリング。ついうっかり踏みすぎてしまったんだ。今思えば、スピードが上がっていくにつれて日頃溜め込んだストレスがスーッと溶けてなくなっていくような妙な錯覚に陥っていたのだろうね。あれは趣味にしていた波乗りでは発散できない不思議な感覚だった」

そう言って元山氏は苦笑いを浮かべながらも、どこか懐かしんでいるかのような遠い目をしていた。そして、彼の虚ろな視線は中空に漂っている幾つかの記憶の断片をゆっくりと追っているようにも見えた。

「レンタカーを借りる時は運転する可能性のある人、全員分の免許証のコピーをレンタカー屋さんに提出するじゃないですか?秘書さんの免許証は提出するのに、どうしていつも元山さんのは提出しなかったのでしょうか?もし元山さんが運転中とかに事故に巻き込まれたら大変ですし」

私は批判的なニュアンスを出来るだけ抑えて、あくまでナチュラルなトーンで話を進めた。

「ああ、その話かあ。昔、引退会見時にも、しつこく聞かれたなあ。当時は細かい話なんで説明するのも面倒でしらばっくれちゃったよ」

と今度は目を細め何やら神妙な面持ちというか、何とも形容し難い、きっと人が本性を突かれた時、こんな顔をするのだろうとしか言えない表情をしながら元山氏は話を続けた。

「あれはね、怖かったんだよ。自分の乗る車に細工されるんじゃないかって、いつも怯えていた。どうかしていたんだよ」

「えっ?と、それはつまり、ひょっとして何者かが車に細工をして事故に見せかけて…命を狙うという陰謀的な話でしょうか?」

そんな突拍子もない10年越しの告白に私は呆気にとられていた。

「うん、そう。馬鹿げてるよね。君が今何を考えているのかも分かるよ。でもね、当時は怖かったんだよ。何もかもが。だから車で移動するにも秘書だろうが何だろうが人の運転がまず信用できない。だからなのか自然とトイレも近くなる」

そう言うと元山氏はまた静かに笑った。

誰かが政治家の命を狙う。政治の世界では政敵を消すというのは、よくあることだ。それは歴史が証明している。そのような陰謀というか謀略は日本のみならず海外を見てみれば枚挙にいとまがない。

彼が政治の世界に積極財政を持ち込み、国民生活を底上げするという考え方を世間に広めていった立役者で、与党だけでなく他の野党から見ても煙たがられる存在だったとしても、当時、他党からそのような謀略が仕掛けられていたのかどうかは今となっては知る由もない。

ただ、当時、元山氏とその党の支持者だった私にハッキリと言えることは、党を解党に追い込んだのは与党や宗教団体の陰謀などではなく、それは身から出たサビ、自業自得の所業である。

自分のお気に入りの議員や職員を特別扱いして厚遇する反面、お眼鏡にかなわないその他の議員や職員、そして支持者やボラといった人たちに向けられた冷酷非常な対応の山積が招いたものだった。どんなに偉大なスポーツ選手でも偉大な監督になれるとは限らない、ということだろう。

さらに、ダメ押しになったのは玉砕覚悟の特攻でしかなかった解党前の最後の衆議院選挙だ。まともな支持者たちの脳裏には苦い記憶だけが刻まれた。

日頃からお粗末な党運営に物申していた保守系の所属議員を無理やり排除したあと、選挙直前に代表自ら議員辞職を発表し、政策を語る事はせず他党の批判ばかりを繰り返していた女性副代表を前面に押し出して臨んだ選挙戦には具体的な戦略も何もなかったからだ。

そういえば当時も元山氏を宗教の教祖かのように祭り上げ崇拝していた一部のいわゆる熱狂的な狂信者と呼ばれている人々は、よく陰謀論と思しき説を唱えていた。

彼らは元山氏のスピード違反についても怪しげな論調で、政府や与党が元山氏と党を潰すために高速道路上のオービスに細工していたとか、スピード違反をしやすいように元山氏が乗る車に細工が施されていたとか、そんな狂気じみたことを真顔で主張していた。

かつて、お隣韓国の極右系の大統領も彼を支持する保守系の市民や動画配信系インフルエンサーたちが垂れ流していた不正選挙や中国による韓国乗っ取りの陰謀論を信奉していた。彼は国会に軍隊を送り込み非常戒厳を宣布したが、内乱罪の疑いで弾劾され、罷免された。

強烈なカリスマ性は、ときにカルトを生み、組織の先鋭化やカルト化を加速させたりするのだろうか。それらに何らかの相関関係があるのだろうか、などと他愛もない思考を巡らせているうちに、いつの間にか朝になっていた。

今日もまたこんな夢を見た。さっきまで憶えていたのに、夢の中でいったい誰と話していたのか忘れてしまった。今日はなんだか寝ざめが悪い。