2008年の大統領選当時から「オバマは米国籍の要件を満たす米国生まれではなく、ケニヤやインドネシアで生まれたのでは」という陰謀論を一部の政治家や保守派が主張していた。

保守系のウェブサイトでは「オバマはケニアで生まれて飛行機でアメリカにやって来た」という噂が広がっていた。

これに対応するためホワイトハウスは2011年4月にハワイ州が保有していた出生証明書の原本記載事項を含む詳細なコピーを正式に公表するに至った。

これにより、オバマ氏が1961年8月4日にハワイ州ホノルルで生まれていたことが改めて証明された。

バラク・オバマの公式の生い立ちを認めない人々のことを「バーサーズ(birthers)」と呼ぶ。

これは「9・11アメリカ同時多発テロ陰謀論」を信じる者たちのことを「トゥルーサーズ(truthers)」と呼ぶのに似ている。

ひょっとしたら、バーサーズもトゥルーサーズもその着ぐるみを脱いでしまえば、中の人は同じかもしれない。

今回はオバマ元大統領にまつわる陰謀論、バラク・オバマ国籍陰謀論についてザッと見ていく。

出生証明書の公表の経緯

  • 2008年:大統領選挙の最中に、批判や疑問の声が上がり、ハワイ州が発行した簡易版の出生証明書が公開された。
  • 2011年:ドナルド・トランプ氏らが再び、疑惑を公言し始めた。オバマ政権は、ハワイ州保健局から正式に原本の謄本を取り寄せ一般公開した。
  • その後:ハワイ州当局もオバマ氏の出生証明書が正当に存在することを公式に複数回確認・証明しており大統領としての被選挙権(米国内出生)に問題がないことが確定している。

オバマの生い立ち

オバマの母親はアメリカ、カンザス州ウィチタ出身のアン・ダナム。バラク・オバマは1961年8月4日、ハワイ州ホノルルにあるカピオニラ産婦人科病院で誕生した。

オバマの母のアン・ダナムは1970年代にインドネシアやガーナ、パキスタンなどでUSAIDやフォード財団の仕事をしていた。

1988年から1995年にかけてはインドネシアでUSAIDと世界銀行が資金援助する団体で働いていたという。

USAID(ユー・エス・エイド)

1961年にケネディ大統領により設立された海外援助や人道支援をおこなうアメリカ政府の独立機関(米国国際開発庁)とされるが、その実態はCIAの手先であり、後進国において強引に民主化を推し進めるための組織と噂されている。

フォード財団

「貧困と不公正を減らし、民主主義の価値を増進させ、国際協調を推進し、人類の偉業を進めなければならない」という理念のもとに米自動車メーカーのフォードが設立した財団であるが、1976年までCIAの外郭団体のようなものだったことが近年、米連邦議会の調査で明らかになったとされる。

オバマの父バラク・オバマ・シニア

オバマの実父であるバラク・オバマ・シニアは、イギリス保護領ケニア植民地のルオ族の出身。

オバマ・シニアはケネディ政権時に「ケネディ・エアリフト(留学生空輸計画)」と呼ばれる奨学金プログラムに参加し、ハワイ大学に留学していた。

このプログラムはアフリカ諸国の独立期の1950年代末〜1960年代初頭、将来国を背負って立つリーダーを米国で育成することを目的に始まった。

当時、ジョン・F・ケネディ財団が多額の資金約10万ドルを寄付したことで、この名が付いた。

現在、このプログラムは存在していないが、現代でもこの仕組みは民間や財団に引き継がれ、多くのアフリカの若者がグローバルに活躍するための登竜門となっている。

オバマの義父

オバマの義父は、ロロ・ソエトロという人物。1964年、オバマ・シニアと離婚した母のアン・ダナムは1967年にインドネシア人学生でハワイ大学に通っていたソエトロと再婚し、一家はジャカルタに移住した。

バラク・オバマは1966年から1967年までハワイのホノルルの幼稚園に通った。インドネシアでは「Catholic St.Francis of Assisi School」に通い、その後、インドネシアのエリート公立校に入学した。

少年時代の呼び名は「バリー」。またときおり、義父の姓により「バリー・ソエトロ」、実父の姓により「バリー・オバマ」などと呼ばれていた。

1971年、10歳の時にオバマはホノルルに戻り、母方の祖父母と暮らし始め、以降オバマは米国に居住している。

ロレッタ・ファディとアン・ダナムは同一人物なのだろうか?

ロレッタ・ファディは2011年にハワイ州保健局局長に就任し、バラク・オバマの出生証明書の信頼性を保証した人物である。

一説によると、ファディは保健局局長に就任する前は、インドネシアの宗教団体「スブド」の研究者だったという。

スブドは1920年代から1930年代にかけて、インドネシア(ジャワ島)で始まった、特定の宗教や教義に属さない国際的な精神運動(スピリチュアル・ソサイエティ)である。

創始者は、ムハンマド・スブーで、スブドの名前の由来はサンスクリット語の「スシラ(正しい生き方)」、「ブディ(魂・内なる力)」、「ダルマ(神の服従)」から来ている。

ファディは2013年12月11日の午後、ハワイ諸島のモロカイ島沖で発生した飛行機墜落事故で死亡した。

地元当局によると飛行機は、ハワイのモロカイ島北岸にあるカラウパパ半島から北西約0.8キロメートル地点に墜落したが、墜落の原因は不明。

同じ飛行機に乗っていた保健局副局長キース・ヤマモト氏は一命を取り留め、同機の他の乗客7人とパイロットは全員、負傷しながらも無事救助された。生存者のうち一名は自力で岸にたどり着いたという。

疑り深いバーサーズの中には、ロレッタ・ファディとオバマの母アン・ダナムが同一人物だとする説を信じている者もいるようだ。

つまり、彼女はスブドへの資金援助を仕切っていたCIAのエージェントであり、この飛行機事故もCIAの手によるもので、ファディは今も生きていると主張している。