世の中には悪政や暴政でその身を打たれようとも、利害のために目を伏せる者やそのような政治を許容する者たちがいる。
また、国民へ向けられた、ただのDVを愛情の裏返しと勘違いする者、またそれに耐え忍ぶことこそが国民から国家へ与えられる愛情の一つの形であると信じて疑わない者たちがいる。
雨の日も風の日も政治や国家権力による経済的な暴力に耐え、それがあたかも現代に生まれた新しい「国民の義務」であるかのように自ら進んで享受しにいく。そんなものに私はなりたくない。
一部には日本とは自分自身のことであり、自分とは日本そのものであるという、国家と自分を同一視し、同化することで自分を大きく見せようとする者さえいて何とも言えない卑屈さに吐き気がする。
この献身的で狂信的な姿勢、これは依存症の一種ではないのか、と誰かが言っていたようにも思うが、それも一理ある。そのような姿勢の異様さが国歌『君が代』の新たな解釈とやらにもあらわれているのかもしれない。
そんなわけで、『君が代』などの国歌について軽めに見ていく。
『君が代』の歌詞の意味
ご承知のとおり、日本の国歌は『君が代』である。歌詞の起源は『古今和歌集』にあるとされている。
しかし、『君が代』が国歌として制定されたのは明治時代に入ってから。それから事実上の国歌として長らく演奏されてきた。
だが法的な根拠がなかったため法制化が進み、1999年(平成11年)8月9日、「国旗及び国歌に関する法律」(国旗国歌法)が成立し、13日に公布され、施行された。
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで
「君」は天皇を、「代」は治世をあらわす。「天皇の治世が数千年も続きますように、それは小石が大きな岩となり、その上に苔が生える日まで」、という意味だ。
つまり、天皇の治世が永く続きますように、という祈りである。
また、『君が代』の元になったのは薩摩琵琶歌の『蓬莱山』という曲である。この琵琶歌は薩摩藩家中の祝いの席には付きものの曲として歌われていたものだという。
蓬莱山(島津日新斎作詞・淵脇了公作曲)
- 目出度やな 君が恵(めぐみ)は 久方の 光閑(のど)けき春の日に
- 不老門を立ち出でて 四方(よも)の景色を眺むるに 峯の小松に舞鶴棲みて 谷の小川に亀遊ぶ
- 君が代は 千代に 八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで
- 命ながらえて 雨(あめ)塊(つちくれ)を破らず 風枝を鳴らさじといへば
- また堯舜(ぎょうしゅん)の 御代も斯(か)くあらむ 斯ほどに治まる御代なれば
- 千草万木 花咲き実り 五穀成熟して 上には金殿楼閣 甍を並べ
- 下には民の竈を 厚うして 仁義正しき御代の春 蓬莱山とは是かとよ
- 君が代の千歳の松も 常磐色 かわらぬ御代の例には 天長地久と
- 国も豊かに治まりて 弓は袋に 剱は箱に蔵め置く 諫鼓(かんこ)苔深うして
- 鳥もなかなか驚くようぞ なかりける
第二の国歌『海行かば』とは
また戦時中には、『君が代』だけでなく、『海行かば』という歌が、いわば第二の国歌として広く知られていた。
海行かば水漬く屍
山行かば草生す屍
大君の辺にこそ死なめ
かへりみはせじ
この歌詞は、「海に行けば、海水に浸かった死体となり、山に行けば、草が生えた死体となる。天皇のおそばで死のう。振り返りはしない」という意味だ。
第一の国歌『君が代』が天皇の治世が永く続くことを祈る一方で、第二の国歌『海行かば』は「天皇のために死ぬことを望んでいる」、そのような心持ちを歌っている。
フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』
フランス国歌を引き合いにだして申し訳ないが、純粋な知的好奇心、もしくは後学のためと思ってご了承願いたい。
以下がフランスの国歌『ラ・マルセイエーズ』だ。
行こう 祖国の子らよ 栄光の日が来た!
我らに向かって暴君の 血まみれの旗が掲げられた 血まみれの旗が掲げられた
聞こえるか 戦場の 残忍な敵兵の咆哮を?
奴らは汝らの元に来て 汝らの子と妻の喉を掻き切る!
武器を取れ 市民らよ 隊列を組め 進もう 進もう!
汚れた血が 我らの畑の畝を満たすまで!
この国歌はフランス革命当時に作られ、制定されたものなので、フランス革命と密接な関係にある。
フランス革命は、18世紀末にブルジョワジー(中産階級)がフランス絶対王政を打倒して共和制を樹立した大事件である。当時の革命勢力の気構えが、この歌詞には表現されている。
歌詞がかなり暴力的であるが、これは体制側(フランス絶対王政とそれを支える特権階級)を暴君が支配する政治体制だと見定め、暴政に対抗して市民たちが決起することを促す歌である。
つまり、市民たちの自由や平等、同胞愛を踏みにじる暴政への抵抗を表現するものとしてフランス国家は制定されているのだ。
ちなみに「暴政」とは、一部の指導者が自己利益を優先させた結果、市民生活が疲弊し、自由と平等が損なわれた事態を意味する。
『君が代』と『ラ・マルセイエーズ』はどちらも国歌だが、国家の成り立ちや歴史が違えばその表現している内容も大きく異なっている。
フランス国歌が「市民の暴政への抵抗」を表現しているのとは対照的に日本の国歌は、ひたすら「天皇への思慕」を表現している。
そのため日本の国歌には日本人が望むべき政治的理想を見出すことはできない。これは非常に興味深いところだ。
あとがき
ネット上では『君が代』の「君」が「愛する人」を意味するとした新たな説が出回っている。そして『君が代』をラブストーリーであったかのように解釈し、美化する者たちもいる。
だが、いくら現実逃避してみても『君が代』の国歌的な解釈はあくまで前述のとおりである。愛して、愛しても、愛されないことばかりで、歪んだ愛国心は報われることはない。頑なに自らを慰め続けてみても虚しさがつのるだけだ。
自分さえ気持ち良ければいいと都合よく歌の解釈を捻じ曲げることは、ある種の創作ともいえるが、歴史の修正行為に近いものと捉えることもできる。
自分と国家を同一視することに自己陶酔する。そのような依存関係を断ち切ることが、この国をより良くしていくこと、そして政治を国民の手に取り戻すことへの第一歩だと思うのだ。
しかし、歪な愛国心にどっぷり浸かっている者たちの現状を見てみれば、国粋主義者にそそのかされて大日本帝国に立ち戻りそうな雰囲気さえ漂っている。
国歌のために国民があるのではなく、国家のために国民があるのでもない。国民のために国家がある。国家も政治も国民を道具にしてはならない。
ことわっておくが、筆者は天皇の存在を否定するような思想の持ち主ではない。くれぐれも誤解なきよう。