ジキル島グループと陰謀論者の憂鬱
金本位制度は自由の防波堤。連邦準備制度は不景気と景気後退やインフレの元凶である。
『マネーを生み出す怪物 連邦準備制度という壮大な詐欺システム』の著者G・エドワード・グリフィンは、その中でこんな風に述べている。FRBを「公益に反するカルテル」や「高利を貪る道具」であると見なしている人にとって、「ジョージア州ジキル島」というのは第二次世界大戦にとっての「ミュンヘン」であり、マッカーシー時代をもたらした「ヤルタ」のように、不吉な意味が込められている所なのだ、と。
1904年の『ムンゼイ・マガジン』、アメリカの出版王フランク・ムンゼイが刊行していた大衆雑誌には、ジョージア州の沖、サバンナから約140キロ南にあるジキル島を所有していたのは、「世界でもっとも裕福で排他的で近づきたくないクラブである」と書かれている。
JPモルガン、ウィリアム・ロックフェラー、ビンセント・アスター、ジョセフ・ピューリッツァー、ウィリアム・K・ヴァンダービルト、マーシー家、グッドイヤー家、グールド家などジキル島クラブの会員名簿には錚々たるメンバーが名を連ねている。
伝説の経済ジャーナリストで経済誌『フォーブス』の創設者バーティー・チャールズ・フォーブスは、著書『アメリカを作っている男たち』の中で、その時の会合の様子を次のように回想している。「国家最大の銀行家の一団が、鉄道の私有車両でニューヨークを抜け出し、ほんの数人の召使い以外は誰も住んでいない数百マイル南の島に急いで向かう様子を思い浮かべて欲しい。召使いたちが彼らの素性を知り、アメリカ金融界のこの歴史的なエピソードを世界に暴露しないように、誰の名前も口にされることのないほどの極秘のもと、彼らは一週間をこの島ですごした」。
デイヴィッド・ロックフェラーとネルソン・ロックフェラーの母方の祖父でロードアイランド州の有力な上院議員ネルソン・オルドリッチが組織した「オルドリッチ委員会」は国家の通貨と銀行制度を改革する義務を負っていた。1907年の金融恐慌で国家が破産寸前まで追い込まれた後、このような秘密の会合が催されていた。
オルドリッチはジョージア州に滞在することになった著名なゲストたちにオルドリッチ委員会について語った。「アメリカのための科学的通貨制度、ヨーロッパでも最高のものをすべて注ぎ込んだ制度のモデルを考案し、作り上げるまで、君たちを世界から切り離された状態に置く」と語っていた、とフォーブスは述べている。
1913年、連邦準備制度が議会で可決された。それはオルドリッチ委員会が最初に提案したものほど集権化されているわけでもなく、かといって私的な制度でもない。一連の準公的な地域銀行から成り立っている連邦準備制度は「柔軟性をもって通貨を供給し、コマーシャルペーパーを再割引する手段を与え、アメリカの銀行をもっと効率的に監視できるようにする」という使命を宣言した。それはすなわち、国家にもっと安全で、安定した金融制度を供給しながら、アメリカ政府に銀行サービスを提供するということ。それが彼らの公式の見解だった。
しかし、我々、陰謀論者の頭の中では次のような空想が巡りどこまでも広がっていくのだ。これは鶏小屋の管理を狐やイタチが引き受けたようなもの。連邦準備制度が可決され、オルドリッチと世界でもっとも裕福な人々、ロスチャイルド家などといった外国との利害と結びついたユダヤ人も含まれている彼の共謀者たちはアメリカ経済を牛耳ることになったのだと。
彼らが設計した私的な金権政治は、権力を利用してお金を印刷し、国債という底なしの穴に注ぎ込まれ、自分のポケットに利息が安定して流れ込んでくるような仕組みを作った。所得税を勤勉な市民のポケットから掠め取ることで、あらゆる借入金の元利(元本と利息をあわせたもの)をすべて返済する手段を与えた。
最初の目論見どおり、連邦準備銀行は恐慌や景気後退を回避することができただろうか。この質問の答えに全否定の意を示す者が多いだろう。2008年、元下院議員のロン・ポールは連邦準備制度(FRB)の廃止や監査を求める法案を何度も提出したが、議会の支持を得られず、成立に至っていない。
「大恐慌から70年代のスタグフレーション、1999年から2000年頃までのドットコムバブル(アメリカを中心に起きたITインターネット関連の新興企業をめぐる経済的熱狂の破裂)まで、過去80年間にわたり国家に襲いかかったあらゆる経済の低迷は、連邦準備銀行の政策に跡付けることができる。連邦準備銀行は、一貫して経済にあぶく銭をあふれさせる政策を採ってきたので、資源の分配を誤り、人工的な『好景気』をもたらした。その結果、そのバブルが弾け、景気後退や不景気が続いたのだ」と。
