悪魔崇拝をトレードマークにしている人物であっても、悪魔が実在するとは考えていない者もいる。教祖アントン・ラヴェイがロサンゼルスに設立したカルト団体「悪魔教会(サタン教会)」がまさにそうである。

ロック・ミュージシャンのマリリン・マンソンも、この悪魔教会のメンバーだと言われていたが、やはり彼も悪魔の存在を信じてはいない。マンソンはインタビューで悪魔について次のように答えている。「悪魔とは自分の持つ動物的な面を説明するために使う言葉である」と。

教祖アントン・ラヴェイもマンソンとほぼ同じ認識である。「ある意味で悪魔はいると思う・・・それはどんな人間も持っている個性の一つだ。でも、私は悪魔を『実在するもの』とは思っていない」と主張し、彼も悪魔を信じていなかった。

ラヴェイは、弟子のマンソン同様、扇動家として有名だった。幼い頃は、カーニバルで蒸気オルガンを演奏したり、読唇術などをおこなっていた。だが彼の人間性について詳しく説明するのは難しい。

たとえば、映画『ローズマリーの赤ちゃん』で悪魔の役を演じていたとか、女優のマリリン・モンローやジェーン・マンスフィールドと恋愛関係にあったとか、サーカスのライオン使いをやっていたとか、彼は怪しげな内容の自伝を書いたりしていたが、どこまでが本当の話なのかわからない。

アントン・ラヴェイとサタニズム

ラヴェイが提唱する無神論的サタニズムは次のようなものだ。

  • 従来のキリスト教的な善悪二元論や偽善を批判し、人間の肉体的欲望や本能、利己主義、個人主義を肯定、賛美する独自の思想を体系化
  • 悪魔(サタン)を「神」や実在する邪神として崇拝するのではなく、反逆や自由、自己中心的な生命力の象徴として位置づける
  • 超自然的な存在への信仰などはない

ラヴェイの思想のほとんどは、次のような人物から影響を受けたものだ。

  • ジョン・ディー(16〜17世紀のオカルト主義者)
  • アレイスター・クローリー(オカルト主義者・魔術師)
  • フリードリヒ・ニーチェ(哲学者)
  • アイン・ランド(小説家)

アントン・ラヴェイのベストセラー『サタンの聖書』は社会的ダーウィン主義であり「力は正義である」の匿名作家ラグナー・レッドビアードからの盗用とも言われている。

教義

この悪魔教会の九つの教義は次のようになっている。

  1. 禁欲主義より放縦を。
  2. スピリチュアルな夢想より、この生き生きとした実在を。
  3. 偽善的に自己を欺くのはやめて、純粋な叡智を求めよ。
  4. 恩知らずな人間に無駄な愛を捧げず、愛に値する人に親切にせよ。
  5. 右の頬を打たれたなら、打ち返せ。
  6. 霊的な吸血鬼に不安になるより、責任ある人間に接せよ。
  7. 人間は神聖な霊性と知識を身につけたがために、あらゆる動物の中でも最も邪悪な動物になった。
  8. 悪魔はいわゆる罪のあらゆる象徴であるが、この罪こそ肉体、精神、感情を満足させる源なのだ。
  9. 悪魔こそ教会の最高の友である。彼らはずっと教会を儲けさせる金づるになっていたのだから。

教義の中には、ほとんど悪魔崇拝をイメージさせるものなどなく、むしろ共感できそうなものもある。

1997年のラヴェイ死後、数回、教祖が変わり、教会本部もニューヨークに移転している。

法的なトラブル

悪魔教会(Church of Satan)の開祖アントン・ラヴェイや教会をめぐる主な法的トラブルは以下のとおりである。

①ダイアン・ヘガティによるパリモニー訴訟

1984年、ラヴェイは長年のパートナーで悪魔教会の運営にも深く関わっていたダイアン・ヘガティと破局した。その際に彼女はラヴェイに対し、パリモニー(事実婚解消に伴う財産分与・生活費請求)訴訟を起こした。

裁判所はヘガティ側の訴えを認め、ラヴェイに財産の半分を分与するよう命じた。そのためラヴェイは悪魔教会の本部兼自宅でもあった通称「ブラックハウス」を売却し、手放すことになり財政的な打撃を受けた。

②ラヴェイの死後の遺産・教会所有権を巡る親族間の訴訟

1997年にラヴェイが死去すると、彼の遺言書や教会の所有権をめぐり、長女のカーラ・ラヴェイと最後のパートナーであるブランシュ・バートン、そして次女のジーナ・シャークの間で三つ巴の争いが起こった(遺産検認訴訟)。

サンフランシスコの遺産検認裁判所は、バートンが主張した遺言書を無効とし、2001年に和解が成立した。

ラヴェイの著作権や私物は三人の子供たちの間で分割され、悪魔教会(Church of Satan)の名称や法人格の権利はバートン側に引き継がれた。

のちに教団は、バートンからピーター・ギルモアらに引き継がれたが、それに納得いかなかったカーラ・ラヴェイは自身で「第一悪魔教会」を設立した。

③サタンの儀式虐待(Satanic Panic)を巡る名誉毀損訴訟

1980年代から1990年代にかけてアメリカで「サタンの儀式虐待」をめぐる告発本の中で、悪魔教会やラヴェイの名前が取り上げられる事象が発生した。

すぐさまラヴェイや教団関係者が名誉毀損や法的措置の警告を発したことで、告発内容の多くが根拠のないものとして撤回、否定された。

また、元・悪魔教会のメンバーであった人物も、自身を悪魔礼拝の罪に結び付けた著書に対して名誉毀損訴訟を起こし、示談で解決している。

あとがき

ラヴェイは儀式のためにオカルトのテキストを利用しているが、基本的に超自然主義を拒絶している。

また、彼と教団の目的はパフォーマンスと宣伝、とくに何者にも縛られない勝手気ままな放縦生活を送ることにあったとされる。

彼らはカルト特有の世間を騒がせるような大事件も起こしていない。あったのは教祖ラヴェイのパートナーや親族間での金銭的な問題だけだった。

おおっぴらに悪魔教会と名乗っているものだから、ついオカルトでガチガチなカルト教団をイメージしてしまう。

しかし、彼らの信仰にはサタンもルシファーもバフォメットの影も見当たらない。ただ悪魔というものを人間のもつ多様な面の一つとして捉えているだけなのだ。