ハサン・サッバーフと暗殺教団(アサシン教団)
暗殺教団(アサシン教団)が900年余りの時を経て再び注目を浴びたのは、テレビゲーム『アサシン・クリード』のおかげかもしれない。
暗殺教団はペルシアとイラクの奥地を支配し、11世紀から12世紀にかけてシリアへも侵入した伝説のカルト集団である。
彼らはイスラム教シーア派の分派であるイスマーイール派から生まれた教団だった。
暗殺教団の開祖ハサン・サッバーフ
1094年、第八代カリフ(指導者)のムスタンスィルの死後、後継者争いが起きた。
年長の息子二ザールを後継者として支持する「二ザール派」と年少の息子ムスタアリーを支持する「ムスタアリー派」の派閥争いだった。
結局、ムスタアリーがカリフの地位に就いたが、二ザール側についていたハサン・サッバーフは代理人となり二ザール派を形成した。
そしてイランからシリア全土の山岳要塞を拠点とし、いわゆる暗殺教団の開祖(最初の指導者)となった。
彼はペルシア人で若い頃から各地を旅行して見聞を広めていった。そして、多くの著名人とも知り合いになった。偉大な詩人で天文学者のウマル・ハイヤームとは同窓生だった。
ハサンはカイロのアル=アズハル大学に進学し、「イスマーイール哲学」を学んだ。イスマーイール哲学には「新プラトン主義」や「マニ教の二元論」、「グノーシス主義」の教義も含まれている。
その教義は「善と悪との対立は神の本性の内部で始まり、世界は光と闇の両方を含む、神から放たれた光から生まれたものである」という考え方である。
学生の中でも特に有望視された者だけが、イスマーイール派内にあるサークルのメンバーに加わることを許された。
このサークルには各々の知識に応じて9つの階位があり、入会儀礼もあった。フリーメイソンのような組織の一歩先ゆく制度である。
サークルの中で、もっとも高い九番目のクラスに入会する際には、「コーランの教えは無知な者たちの秩序を守るための比喩であり、文字通りの真実ではない」と教えられるのだ。
「正しいことなど何もない。すべてのことは許されている」。これはハサンの言葉とされるが、この組織が根本的に律法を無視していたことを端的に示していると解釈する者もいる。
ハサンはペルシアに戻ると、アラムート山に要塞を築いた。そこから彼は、スンニ派やムスタアリー派との派閥争いを繰り広げただけではなく、イスラム教徒の敵であるキリスト教徒の十字軍をも恐怖させた。
ハサンは、その後の35年あまりの人生を書斎からほとんど出ることなく過ごした。暗殺教団の兵士たちは、彼の命令を容赦なく実行していった。
暗殺教団の工作員は敵の都市や組織に潜り込み、今の言葉でいうスリーパーセル(潜伏細胞)として活動していた。
彼らは侵入が難しいとされる施設にも、たやすく潜り込み、短剣を操る技術にも長けていた。拷問や死にもまるで動じない、薄気味悪いほど落ち着き払った態度も恐れられていた。
この死をも恐れぬ暗殺教団のメンバーは、今日の中東の自爆テロに身を捧げる狂信者を彷彿とさせる。
伝説では、ハサンは信者を洗脳していたとされる。その方法は過激な教えを説くばかりでなく、現代のカルトにも通づるものである。
それは伝統的宗教に対する「敬虔な態度」を「指導者に対する絶対的服従」にすり替え、師への従順な姿勢こそが天国で報われる道である、という詭弁だった。
『詐欺師のテクニックを暴くための選択の書』
中世には暗殺教団に関するエピソードが他にもあった。アル・ジャウバリーが書いた『詐欺師のテクニックを暴くための選択の書』にはハサンの洗脳のテクニックの例が紹介されている。
一人の教団信者に、新たな若者を騙すメンバーに加われば報酬を与えると約束し、秘密を絶対に漏らさなぬよう誓わせる。
そして、信者の体を砂の中に埋め、首のまわりに血を振りまいておく。次に若い兵士の集団をその場所に連れてくると、ハサンは砂の上に置かれた切断された首のように見えるこの人物に次のように話かける。
「お前はどちらが望みか?現世に戻り、友人と会いたいか、それともずっと天国に住んでいたいか?」すると首はこう答える。
『天国の東屋での浮かれ騒ぎなど、神が用意してくれたあらゆる素晴らしいものを経験したあとで、どうしてこの世に戻りたいなどと思うのでしょう?同士よ、我が家族に挨拶しなさい。この予言者(ハサン)にきちんと従うようにしなさい。神が私に言われたように、現時点で彼こそ予言者の主だ。ではさらば』。
このような言葉は若い兵士たちの信念を強くする。しかし兵士たちが立ち去ると、ハサンはこの男を穴から出し、実際に首を切ってしまうのだ。部下を従わせるのに彼はこんな手を使っていた。
アル・ジャウバリーとは
アル・ジャウバリーは13世紀のシリアの文筆家である。本名は「アブド・アッラフマーン・イブン・ウマル・アル=ジャウバリー」。
彼は中世イスラム世界を遍歴した知識人であった。また裏社会や手品、墓泥棒の手口などにも通じた人物だった。
ジャウバリーの著書『詐欺師のテクニックを暴くための選択の書』では、中世の市場や街頭に実在した偽金作りや偽りの化学(錬金術)、偽占い師、手品師、宗教を騙る詐欺師たちのトリックや詐欺の手口が暴露されている。
ジャウバリーはこの本を書き、胡散臭い奇跡や超自然的な現象を騙るペテン師に民衆が騙されないよう注意喚起をおこなった。その物理的、心理的な仕掛け、いわゆる隠し道具、薬物の使用、言葉巧みな誘導などを白日の下に晒すことを目的だった。
ハサンとジャウバリーの関係
暗殺教団の開祖ハサン・サッバーフとアル・ジャウバリーには、直接的なつながりを示す歴史的事実はない。
ハサンは1124年にすでにこの世を去っており、ジャウバリーが活動していたのも13世紀前半のことで、互いの活動期間が重なることは無かったからだ。
しかし、ジャウバリーは著作においてハサンが率いる暗殺教団(ニザール派)を極めて重要な研究対象としている。
奇跡という名の心理トリック
ハサンはアラムート城砦を拠点とし、少数の熱狂的な信者を操って、時の要人を暗殺していた。
マルコポーロの『東方見聞録』では、ハサンが「ハッシシ(麻薬)」や「秘密の快楽の園」を使い、若者に死後の世界(天国)を疑似体験させてマインドコントロールしたと伝えられている。
東方見聞録にある「山の老人伝説」によれば、ハサンは新たに勧誘した若者たちをハッシシ(麻薬)で酔わせ、豪華な快楽の園に連れて行ったという。以下がその描写である。
「昏睡状態から目覚めると、・・・誰もが美しい乙女たちに取り囲まれているのに気づく。乙女たちは歌ったり、楽器を演奏したり、胸の鼓動を高鳴らせる抱擁で彼らの視線を釘付けにし、更にはおいしい料理や極上のワインが振る舞われる。実際にミルクとワインが流れている川の中で、彼らは喜びに浸り、自分が天国にいると信じ、この喜びを手放したくないと思うようになる。この庭で四、五日過ごした後、再度、彼らは昏睡状態にされ、この天国から連れ戻される・・・目を覚ました彼らに師はこう告げる。『主人を守るものが天国に行けるという予言者の言葉に固く信じ、私の命令に従うことに命を捧げてくれるなら、幸福な運命を約束しよう』この言葉に動かされ、全員が師の命令を受け入れることが幸せだと考えるようになり、喜んで死地に赴くのである』
アル・ジャウバリーが暴いた「偽りの奇跡を見せて信者を洗脳する新興宗教の教祖たちの手口」は、まさにハサン・サッバーフが用いた心理誘導や様々なテクニック(薬物による神秘体験の捏造、大衆の盲信を利用した組織管理)と地続きにある。
中世イスラム世界において教団が用いた偽装や暗殺者たちの隠密行動の技術は、時にこうした「裏の実用書」の分析対象や噂の源泉となった。
酒を飲んだ息子を殺した?
ハサン・サッバーフを人外の怪物や無神論者と見なしている人々に向けて書かれた話には、かなりの誇張が含まれているに違いない。
その他のエピソードとしては、ハサンが異常に酒嫌いだったというものもある。ワインを飲んだ息子を殺した、とされるほど酒が嫌いだったというのだ。
暗殺=アサシン=Assassinの語源
ハサンが実際に信者の洗脳に大麻を使っていたのかは別として、暗殺教団の名前「アサシン:Assassin」は、「ハッシシ」が由来だと一般には信じられている。
だが、イギリスの歴史研究家ウィリアム・ヘケットホーンは、著書『すべての時代、すべての国の秘密結社(1897年)』の中で「アサシン」の語源について他にも考えられる説を紹介している。
一つは「1173年にユダヤ人のベンジャミン」が示唆している「罠を仕掛ける」という意味の「asasa」という言葉。もう一つが「滅ぼす」という意味のアラブ語「hass」である。
さらに、もう一つの説を付け足すとするなら、ハサン自身の名(Ḥasan Ṣabbāḥ)である。
暗殺教団の最後
カルト集団である暗殺教団は開祖ハサンの死後も活動を続け、エルサレム王国のモンフェラート候コンラート一世を殺害し、ヨーロッパ中を震撼させた。
そしてコンラートの未亡人と結婚したシャンパーニュ伯アンリがシリアにある暗殺教団の城砦を訪れたとき、常軌を逸した異様な光景を目の当たりにする。
「山の老人」として知られた司令官ラシード・ウッディーン・スィナーンが頷くと、特攻部隊の若者の一人が黙ってその合図に従い、塔から身を投げたのだ。
そして、終わりは呆気なく訪れる。13世紀中頃、暗殺教団は侵入してきたモンゴル軍とマムルーク朝防衛軍の挟撃を受け、制圧された。
二ザール派は、第50代イマーム、「プリンス・シャー・ラヒーム・アル・フサイニー」がアーガー・ハーン5世の称号を得て、現在も存続している。
イマームとは「指導者」を意味し、アーガー・ハーンは指導者に送られる「称号」である。アーガーは「年長の男性・主人・領主」をハーンはトルコ語やモンゴル語で「王・支配者」を意味する。
暗殺教団は歴史の表舞台から姿を消したが、彼らの信念と信仰は仮想空間に場所を移した。彼らはこれからもずっと伝説の中で生き続ける。
