【韓国政治と陰謀論⑦】尹錫悦大統領の「不正選挙」陰謀論
尹錫悦は韓国の第20代大統領(在任:2022年5月10日-2025月4月4日)で文在寅政権時には第43代検事総長を務めていた。
そんな尹大統領は保守系ユーチューバーなどが主張する「不正選挙の陰謀論」に惑わされた人物だった。
2024年12月3日の戒厳令宣布時には、韓国戒厳軍が選挙管理委員会の庁舎を占拠した。これについて金龍顕国防部長官は「不正選挙疑惑を調査するため」と述べていた。
尹錫悦大統領が戒厳令を宣布
2024年12月3日の深夜、尹大統領は突然、非常戒厳令を宣布した。今回の戒厳令は1979年に朴正煕大統領の暗殺時に宣布されてから44年ぶりで、民主化された韓国では初のことだ。
この戒厳令で韓国軍が国会議事堂に突入しようとしたが、駆けつけた議員や市民によって阻止され、結局、翌日の国会決議で戒厳令は解除された。
しかし、これに反発した野党はこの戒厳令を「憲政秩序の破壊」として、12月4日、大統領弾劾決議案を国会で可決させ、尹大統領の職務は停止された。
理由は政権運営の行き詰まりか?
国家的な危機でもないのに、突然、戒厳令を出した理由は「政権運営の行き詰まり」だったと国内外のメディアで指摘されている。
2022年3月、尹氏は大統領選挙で李在民を破って当選したが、政権与党の「国民の力」は少数与党で厳しい政権運営を強いられていた。
与党であるにもかかわらず法案を通せず、逆に野党の法案に拒否権を使ってストップを始末。尹政権下では予算案以外は政府提出法案は一本も国会を通過していない。
疑惑の浮上から戒厳令へ
2024年の国会議員選挙でも「国民の力」は大敗。政権運営はますます困難になった。さらに「大統領夫人の高級ブランド品受取」や「株価操作の疑惑」が浮上し、支持率も10%台に急落した。
大統領は謝罪したが、疑惑に対する捜査は拒否した。これに対し、野党は与党の予算案に対して大幅に減額を提案。さらに大統領夫人に対する捜査怠慢を指摘し、監察機関と検察幹部に対する弾劾をおこなった。
国会は尹大統領と政権の糾弾の場に代わり、もはや国会機能を有していなかった。そのため戒厳令でこの状態を打開しようとしたとされる。
戒厳令の理由は陰謀論
戒厳令後、尹大統領は「北朝鮮の意を受けた勢力を韓国では『従北』と呼ぶが、その様な勢力が自由と民主主義の憲政秩序を破壊しようとしている」と述べた。これは政敵を北朝鮮のスパイ扱いする典型的な陰謀論だ。
その根拠として「野党が主動した度重なる公職者の弾劾」や「不正疑惑を捜査する特別検察法案の発議」、「予算の削除要求」をあげ、さらに何者かが選管の電算システムに侵入し、選挙結果を改ざんしたと主張している。
2024年4月の国会議員選挙では政権与党「国民の力」の獲得議席は108議席に留まったのに対し、野党の「共に民主党」が175議席を獲得しているが、この選挙結果も陰謀論にハマる手助けとなったのだろうか。
選挙データ改ざん疑惑から不正選挙陰謀論へ
「選挙データ改ざん疑惑=不正選挙陰謀論」は韓国のネット上、保守系ネット論客の間で語られている言説だ。
2020年4月の国会議員選挙で当時の政権与党だった「共に民主党」が大勝した際には保守系政治ユーチューバーらが「選管が期日前投票の開票に介入し、開票結果を操作した」という疑惑を提起した。
この疑惑は陰謀論に発展し、選挙に敗れた保守系の候補が選管を告発する事態を招いた。尹大統領もこの種の陰謀論を信じていたと思われる。ちなみに、選管は一連の疑惑を全面的に否定している。
陰謀論がはびこる下地
韓国ではこの手の陰謀論が蔓延る下地があった。初代大統領の李承晩は1960年3月、政権延命を賭けた大統領選挙で不正行為を行った。これが「3・15不正選挙」である。
この選挙で李承晩と側近である李起鵬が大統領、副大統領に当選すると、選挙の無効を求める抗議デモが起こり、李承晩は武力でこれを鎮圧する。
この時、男子高校生の頭に催涙弾が直撃して死亡する事故も起こり、いつしかデモは政権退陣を要求するでもに変わっていた。
1960年4月、李承晩が大統領を辞任し、アメリカへ亡命したこともあり、この選挙は無効となった。過去の経験からなのか、韓国は不正選挙に対してとても敏感なのだ。
参考:『社会分断と陰謀論 虚偽情報があふれる時代の解毒剤』/文芸社

