貧すれば鈍する。溺れる者は藁をも掴む。掴む藁を間違えて、金づるや票づるにされているとも知らずにエセ愛国者、エセ保守の偽政者の手先となって今日もせっせとデマの拡散に勤しむ。

「〇〇の支持者」は皆んながみんな差別主義者ではないと言いながら、「それでも別の何かのせいにでもしないと今の日本人の中には苦しくて生きて行けない人もいるんです」などと恥じることなく堂々と差別の言い訳をする。

彼らが、そのような言い訳をするのは自分のことを差別主義者だと思われたくないからだ。心のどこかで差別することは良くない事だと知っていて、後ろめたさがあるのだ。それでも差別がやめられないのは、その人の業のせいなのだろうか。

差別主義者の典型的な言い訳10選

なぜ差別は「差別じゃない顔」をするのか。排外主義や人種差別は露骨な言葉だけに現れるとは限らない。多くの場合、「もっともらしい言い訳」の形を取る。

差別的な言動に直面したとき、「反論」すべきなのか、「無視」すべきなのか、迷う人も多いと思う。重要なのは、すべてに全力で反論しないこと。まずは相手が「対話可能かどうか」を見極める必要がある。

ここでは、よく使われる「排外主義的な言い訳の典型例」と、その言い訳への「冷静な返し方」を見ていこう。

①「○○人」の友達がいるから差別じゃない

これは定番中の定番の言い訳。個人的な例外を持ち出して、集団全体への偏見を正当化する論法だ。

「嫌っていない“例外”がある=差別していない」にはならない。

返し方

  • 「個人的な友人がいることと、集団全体についての発言は別の話ですよね」

人格否定をせず、論点を切り分けるのがポイント。

②嫌いじゃないけど、関わりたくないだけ

これは距離を置くことを正当化する表現。

排除や制限を「感情ではなく合理的判断」に見せかける。

返し方

  • 「距離を取る自由と、制度的に排除する話は違いますよね」

感情の問題と社会的影響を分けて考えさせる。

③文化の違いだから仕方ない

これは文化を理由にした差別。

  • 「あの人たちの文化は合わない」
  • 「日本のやり方を尊重しない」

文化という言葉で、固定観念や恐怖感情を包み隠すパターンである。

返し方

  • 「“文化”って一枚岩じゃないですよね。どの点を指していますか?」

抽象語を具体化させると、思い込みが露呈しやすい。

④統計的に見ると事実

これは数字を盾にするタイプ。データの切り取り。

  • 因果と相関の混同
  • 出典不明の数字

「科学っぽさ」で偏見を隠そうとする。

返し方

  • 「そのデータの出典と、因果関係は確認されていますか?」

感情論に乗らず、検証可能性を求める。

⑤こちらが被害者だ

これは被害者ポジションへのすり替え。加害者のくせに被害者ぶる。

  • 「逆差別だ」
  • 「自分たちが損をしている」
  • 「文化が侵略されている」

排除を「防衛」に見せる論法である。

返し方

  • 「具体的に、どんな権利や機会が失われていますか?」

漠然とした不満を具体化させると、対話になるかが分かる。

⑥心配しているだけ

これは善意を装う言い訳。

  • 「安全のため」
  • 「将来が心配だから」
  • 「社会のためを思って」

善意の言葉で、差別的な結論を導く。

返し方

  • 「心配と、特定の人を制限する結論は分けて考えられますよね」

善意を否定せず、結論の妥当性に焦点を当てる。

⑦言論の自由だろ?

これは批判封じの常套句。

  • 「意見を言っただけ」
  • 「これも自由だ」

自由な意見と、他者の尊厳を傷つける言動を混同している。

返し方

  • 「自由な発言と、他者の尊厳を傷つける発言は同じでしょうか?」

憲法論争にせず、自由の範囲を問い直す。

⑧事実を言うと差別になる社会はおかしい

これは責任転嫁型。

自分の発言ではなく、「社会が過敏だ」という問題にすり替える。

返し方

  • 「“事実”と“解釈”は分けて考えた方がいいかもしれませんね」

相手の主観を、事実から切り離す。

⑨昔からそうだった

これは伝統・歴史の利用。

  • 「昔から信用できない」
  • 「歴史が証明している」

歴史を単純化し、現在の差別を正当化する手法である。

返し方

  • 「昔そうだったことが、今も正しい理由になりますか?」

価値観の変化を示す、シンプルな問い。

⑩べつに差別とかじゃないけど……

これは免罪符の前置き。

この一言の後に、ほぼ確実に差別的内容が続く。

返し方

  • 「意図と、受け取られ方が違うこともありますよね」

意図を責めず、結果に目を向けさせる。

なぜこうした言い訳が使われるのか

これらに共通するのは、

  • 自分を「悪者」にしたくない
  • 差別を自覚したくない
  • 不安や恐怖を正当化したい

という心理的防衛である。差別・排外主義は、多くの場合「憎しみ」よりも不安や自己正当化から生まれる。

対話できる場合/できない場合の見分け方

対話すべき相手かどうかの見分け方には次のようなものがある。

対話できる可能性がある人の特徴

  • 質問に答えようとする
  • 言い換えや訂正ができる
  • 「知らなかった」と言える
  • 具体的な話になると考え込む
  • 感情的になっても戻ってこられる

この場合は、短く・冷静に・論点を一つずつ。

対話が難しい人の特徴

  • 何を言っても話題をずらす
  • すべてを陰謀論に結びつける
  • 相手を「敵」や「工作員」扱いする
  • 事実確認を拒否する
  • 侮辱や嘲笑が目的になっている

この場合、説得はほぼ不可能である。距離を取るのが最適解だ。

大切な考え方

すべての人と分かり合う必要はない。寛容とは、無制限に我慢することではなく、対話できる関係を守るために線を引くこと。これはまさに寛容のパラドックスの実践編である。

あとがき

本気で生活改善を望むなら自分より立場の弱い外国人を攻撃して日頃の鬱憤を晴らしたり、溜飲を下げるのではなく、そのような社会構造を作り出している政治家や資本家などに抗議の声を挙げるべきである。

しかし、そのようなやり方は共産主義者だとか言っている権力者の手先のような連中の言説を信じているから、いつまで経っても自分たちを貧しくしているものが何なのか、その正体に気づかない。

「格差是正」や「富の再分配」など行き過ぎた資本主義や新自由主義を修正するのは修正資本主義であって共産主義ではない。少し前の話だけど、弱者救済は共産主義だとか言って勘違いしている自民党の議員がいて驚いたことがある。

失政や悪政を誤魔化すために大衆の目を別のものへ向けさせるのは権力者の典型的な手法の一つである。

関連記事

寛容のパラドックスと排外主義について現代社会で再び注目されている「寛容」と「不寛容」。多様性を尊重しよう、あらゆる意見を認めよう、このような価値観は今の社会にとって非常に大...