第18代大統領、朴槿恵パク・クネ「タブレットPC陰謀論」に翻弄された。彼女の父は言わずと知れた第5代から第9代までの大統領を務めた朴正煕パク・チョンヒである。

朴槿恵大統領と「タブレットPC」陰謀論

2016年10月、韓国のテレビ局JTBCが朴槿恵の友人の崔順実チェ・スンシルが処分したとされるタブレットPCを入手し、内部のデータを解析して報道した。

民間人である崔順実に国家機密が漏洩し、さらに崔氏が外交や安全保障政策、大統領府の人事にまで介入していたという。

この報道後、朴大統領は国民に謝罪し、疑惑に関わった大統領秘書を解雇するなどしたが、10月末には不正を糾弾する大規模なデモが発生した。

崔順実ゲートと政権退陣デモへ

その後、崔順実チェ・スンシルは逮捕され、一連の不正は「崔順実ゲート」と呼ばれ、不正糾弾デモは次第に政権退陣デモへと変化していった。

デモの参加者は反政権デモの代名詞ともなった火を灯したロウソクを掲げ、2016年11月には野党デモに加わり、デモは地方都市にまで拡散していった。

12月には野党三党が提出した「大統領弾劾訴追案」が国会で可決され、2017年3月に起訴された。

朴槿恵氏の有罪が確定

2020年、朴槿恵パク・クネは懲役20年、罰金180億ウォン、追徴金35億ウォンという有罪判決が確定した。この事件発覚の引き金となったのが、JTBCの「タブレットPCによる国家機密漏洩」報道である。

問題のタブレットPCは、2016年10月に崔順実チェ・スンシルが関連した某企業のオフィスの机から発見されたもの。JTBCはオフィスに入るにあたってビル管理者の協力を得たという。

オフィスで発見されたタブレットPCから崔順実が写っている写真二枚が見つかり、これを根拠にタブレットPCを崔氏の物と断定した。さらにPCに保存されていた位置情報が崔氏の動きと一致したという。

ジャーナリストの邊熙宰が報道を批判

この事件には不審な点がいくつかある。建物の管理人の許可を得たとはいえ、ただの報道機関の一つでしかないJTBCがオフィスに侵入し、他人の所有物を勝手に持ち出して解析するという、取材方法には問題がある。

また、タブレットPCの内部から朴槿恵パク・クネ大統領関連のファイルが発見されても、その位置情報が崔順実氏の位置情報と一致したとしても、タブレットPCの所有者が崔氏だという確証はない。

2016年末には、保守系ジャーナリストの邊熙宰ビョン・ヒジェがこの一連の報道を批判し、注目を集めた。邊氏は独自の取材結果をもとにタブレットPCの所有者は崔氏ではなく、タブレットPC内に残された証拠もJTBCと検察が捏造したものだと主張した。

実際の所有者は朴槿恵大統領の側近

邊熙宰ビョン・ヒジェ氏によれば、タブレットPCの実際の所有者は「朴槿恵大統領の側近」で、大統領の選挙運動に参加し、朴氏の当選後は「政権引き継ぎ委員会」でも活躍した人物だという。

このタブレットPCは2012年の大統領選挙期間と政権引き継ぎ委員会の活動期間にのみ、集中的に使用されていた。さらに、タブレットPC内部には選挙運動や政権引き継ぎ委員会、青瓦台(韓国大統領府)に関する文書が保存されていた。

これらの業務に関与していた者が実際の所有者だとすれば辻褄が合うというのが邊熙宰の主張であった。この邊熙宰の主張が事実であれば、朴槿恵大統領弾劾の前提が根底から崩れることになる。

報道機関と検察が証拠を捏造?

朴槿恵パク・クネ氏がタブレットPCを通して民間人の崔順実チェ・スンシル氏に国家機密を漏らしていたという検察の捜査結果が弾劾の根拠となっていたからだ。

これがJTBCの解析と検察の捜査による「でっち上げ」だったとすれば、ロウソクを手に朴槿恵政権打倒を叫んだ民衆のデモは陰謀論に騙されたことになる。

当然、邊熙宰ビョン・ヒジェのこの主張は大きな関心を集めたが、民主化された韓国においてジャーナリストの身柄が拘束されるという衝撃的な出来事が起きた。

邊熙宰氏が逮捕され有罪に

2018年5月、邊熙宰ビョン・ヒジェはJTBC社長の名誉を著しく毀損したとして、突然、同僚記者とともに逮捕され、12月に有罪判決が言い渡された。

司法がこのような厳しい判断を下した理由については、文在寅ムン・ジェイン政権のもとで、尹錫悦ユン・ソンニョルが検察の捜査チームを率いていたことと無関係ではないと思われる。

その後、尹錫悦検事は文在寅大統領と袂を分かち大統領選に出馬すると、2022年3月には文在寅の後継者と目されていた李在民イ・ジェミョンを破って大統領に当選している。

すでに過去の人

邊熙宰ビョン・ヒジェはタブレットPC問題で拘束されて刑事裁判にかけられている。2025年の現在も控訴審が進行中である。

また、朴槿恵前大統領は2012年12月に恩赦で出獄している。懲役20年、罰金180億ウォンの刑で服役中だったが、刑期の半分も満たさずに恩赦され罰金も大部分が免除された。

常識的に考えて、内乱罪で弾劾されて有罪判決を受けた重罪人が数年で恩赦されること自体、驚くべきことなのに、韓国では誰もこれに反対しなかった。人々は関心を失い、朴槿恵前大統領は既に過去の人なのだ。

参考:『社会分断と陰謀論 虚偽情報があふれる時代の解毒剤』/文芸社

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