衆議院総選挙2026「早苗のワガママ解散」は、降り積もる雪とともに野党の大惨敗という余韻を残して静かに幕を閉じた。

我らがれいわ新選組の今選挙における議席獲得予想は「0」か良くて「1〜2議席」と出ていたが、下馬票どおり1議席のみの獲得で終わった。

それでも、自らの暴走により党を壊滅寸前に叩き落とした共同代表が、翌日に開かれた会見で責任を取ることもなく、開き直って自らの保身のための論点ずらしをおこなうなど、れいわ執行部に反省の色は見えなかった。

 

年明けあたりに起きた「多ケ谷さんのイスラエル訪問における離党騒動」も今選挙の結果と無関係とは言えないだろう。

騒動の際、思慮深い「れいわの支持者」たちは、多ケ谷さんを追い出してはダメだ、排除してはダメだとさんざん警告していたけれど、結局れいわ執行部はそれに耳を貸すことはなかった。

山本代表の辞職のみならず、僕と同じようにこの多ケ谷さんに対する非情な仕打ちに納得が行かず、れいわ新選組から離れた支持者も多いはずだ。

その証拠に僕ら夫婦は二人とも今回の選挙で「比例はれいわ」と書いていない。これだけでも貴重な九州ブロックの比例票を二票も削ってしまっている。

オーナーズの票なのにだ。多ケ谷さんを許すことで、れいわには是非とも寛容さとその懐の深さを見せて欲しかった。

そして最終的には大石さんの言動や振る舞い、党首討論での大失態がれいわにトドメを刺してしまったように思える。

この没落かげんに「ざまあみろ」とまでは言いたくないけれど、これはこれまでれいわの国会運営や党勢拡大に貢献してきた多ケ谷さんを情け容赦なく吊し上げて、切り捨てた報いなのだと思う。

非科学的な言い方だけどバチが当たったのかなと。

 

今となってはタラレバでしかないのだけど、多ケ谷さんの処分は厳重注意と副代表の役職解任程度で済ますべきだった。

「私たちれいわ新選組は仲間を簡単に排除したりしません、そのような社会を作ることを目指しているからです」と表明して多ケ谷さんにはきっちりと公認を出す。

そして、「これから、れいわ新選組は誰一人メンバー欠けることなく一丸となって選挙戦を戦っていきます」と宣言すれば良かったのだよね。

その方がボランティアさん達やれいわ支持者全体の士気も高まるし、れいわは誰一人見捨てないという理念のアピールにもなったはずだ。当然、僕ら夫婦も支持を辞めなかっただろうね。

公認を出さないなんて実質除名と一緒でしょ。無所属で選挙を戦うか、よその党に行くしかなくなる。

ほっぽりだすなんて、そんなのやりすぎだよね。選挙が直前に迫っているというのに自ら戦力を削りにいくなんてアホかと思ったよ。

 

そして、選挙戦では「政策アピール」「他党批判」の割合を8:2、もしくは9:1くらいの按配で展開すべきだったと思う。

テレビで政策アピール出来るというせっかくのチャンスなのに、与党や野党の批判に時間を使い過ぎるどころか、それに終始してしまっていた。

おまけに自分の持ち時間も守らないし、司会者に何度も注意を受ける姿はお茶の間の視聴者の目にどう映っただろうか。

れいわはルールも守れない人が代表をやっている政党なんだ、という印象を与えてしまったらマイナスなのだ。大石さんは下手を打ち過ぎた。

それと終盤での、やはた愛さんの大石仕草も悪手だった。これは僕自身の希望的観測も混じってしまうけど、あの握手している写真をSNSに投稿していなければ、もっと得票できたと思うし、それだけに残念なのだ。

愛さんは大石さんと同じ轍を踏んではいけない。人間性が疑われてしまったら、いかに正しい政策を訴えたとしても相手にされなくなってしまうからだ。

だから政治家といえども最低限の品格が必要なのだと思う。その結果、無党派層の持つ浮動票を引き寄せることも叶わず、それが票と議席の数にハッキリと表れた今回の選挙だった。

無党派層の浮動票を獲得できなければ党勢拡大など夢のまた夢だ。すでに囲い込んでいる信者のような支持者だけにウケる「パフォーマンス」みたいなことばかりやっていても議席は増えていかない。

議席が増えなければ党是である「消費税廃止」も絵に描いた餅でしかない。それにもし党勢拡大できたとしてもれいわ単独で減税や廃止するのは難しい。

どうしたって他党の協力が必要だ。代表は四面楚歌で上等なんて大言壮語していたけれど、それは党がデカくなってから言うべきことだ。

普段から自分たちのことを批判してくる政党なんて胸糞悪いだけなのに、他党はそんな「れいわ」とわざわざ協力して消費税廃止しようと思うのだろうか。

やるにしても、れいわさんとは一緒にやりたくないと断られるのが関の山じゃないのか。

このあいだの「ガソリン暫定税率廃止法案」の時もそんな感じで、れいわだけ蚊帳の外の置かれた状態で話が進められてしまったのではないのか。

要するに、仲間はずれにされたというやつだ。

 

例えばの話、政党の本質がどうであろうと批判皆無の「チームみらい」は粛々と自分たちの政策を訴え、今回の選挙で11議席を獲得した。これに関して陰謀論界隈では不正を疑う人もいるようだけども。

一部のれいわの議員も信者と揶揄されている人たちも、自分たちが外側からどう見られているのかということに無関心というか無頓着すぎる。イメージ戦略的なものを軽く見すぎていると思う。

それが国民の民度なのだと言ってしまえば、話はそこで終わってしまう。少なくとも今の日本では汚職議員を批判して正しいことを言うよりも、その政治家が票を入れるに値する品格を備えているのかどうか、という「イメージ」の方が重視されているようだ。

表の顔と裏の顔、実際の人間性がどうかというよりも、たとえそれが嘘や演技であったとしも愛想が良いとか、人当たりが良いとか、人たらしだとか、そういうイメージを演出できるかが重要なのだ。

伝統、格式、品格といったイメージを重んじ、批判や悪口を好まない国民性で保守的な人が多いのも事実。自民党の議員などは、そのような国民性を重々承知しているから裏金議員だろうがなんだろうが、そういう国民性を逆手にとって上手く支持に繋げていく。

彼らはそういう面では百戦錬磨でしたたかなのだ。ぶっちゃけ、どっちが正義だとか、どっちが正しいことを言っているとか、党の政策うんぬんよりも人当たりが良く、礼儀正しく見えるというだけで票に繋がったりする。笑ってしまうけど、それが現実であり何だか不思議だよね。

 

最後にもう一つだけ気になったことがある。やはた愛さんの選挙戦最終日の街宣では、代表は大石氏の応援には行くのにやはた愛陣営の所には応援に来ないと比喩的な表現で語られていた。

オカンの娘を思う親の悲痛な叫びには僕も少し胸が苦しくなった。代表も体調が悪いのかも知れないけど、やはり贔屓や特別扱いは良くないと思うんだよね。

それでも今回の選挙では、大阪5区は「大石のワガママ落選」で依怙贔屓も特別扱いも効果がなかったみたいだ。