ドラマ『人間標本』の感想
新年早々、アマゾンプライムビデオで話題のドラマ『人間標本』をついつい観てしまったので、感想などを少し書いてみようと思う。
この作品は湊かなえさんの同タイトルの小説が原作。湊さんと言えば「イヤミスの女王」として有名な作家だけれども、本作品もその名に恥じない仕上がり具合というか、後味の悪さを今まさに味わっている。
イヤミスとは、「嫌な気持ちになるミステリー」の略称で、後味が悪く、救いのない結末やドロドロした人間関係を描く、もはや不快感や言葉に出来ないモヤモヤを残すミステリー小説の一つのジャンルとなっている。
従来のミステリー作品が「謎が解けてスッキリした」であるのに対し、イヤミスは爽快感とは真逆であり、不快なものを観せられているのに、ナゼかその不快感に魅せられてしまう。何とも言えない中毒性があるのだ。
このドラマのストーリーは、幼少期から蝶の魅力に取り憑かれ、ついには蝶の研究者となってしまった大学教授が自分の息子を含む6人の美少年たちを「人間標本」にした、という衝撃の告白から始まる。
原作の湊かなえさんは、この作品で「親の子殺し」と「人は同じものを見ているのか」という二つのテーマを蝶の特性と芸術に重ねて描いたという。
ドラマは全5話構成で第1話〜4話までが50分前後、ラストの第5話が60分の長さになっている。その気になれば、その日のうちにイッキ見も可能。そして、いつの間にか我々もイヤミスの虜になっているという寸法だ。
途中の展開についてはいろいろ山あり谷ありで端折るけど、ここで書いているのがラストというかネタバレに近い部分についての感想なので、まだ観てなくて、まさにこれから観ようとしている人にはあまり具合も良くないと思うので、ここから先は読み進めない方が賢明だろうと思う。
主要人物と罪の所在について
全体の登場人物はもっと沢山いるんだけども、ここでは人間標本が出来上がってしまうプロセスというか、その過程における主要人物である2つの親子にフォーカスする。
榊一朗・史朗・至の親子孫
- 榊一朗(さかき・いちろう):史朗の父親で芸術家、世間からは変わり者扱いされている
- 榊史朗(さかき・しろう):一朗の息子、幼少期から蝶が好きで生物学教授兼蝶の研究者
- 榊至(さかき・いたる):史朗の息子、芸術家の卵
一ノ瀬留美・杏奈親子
- 一ノ瀬留美(いちのせ・るみ):史朗の幼馴染で芸術家。普通の人には見えない色が見えるという四色型色覚(テトラクロマシー)という才能の持ち主
- 一ノ瀬杏奈(いちのせ・あんな):留美の娘。芸術の道を志すが、自分が後継者候補でないことに失望している
「人間標本」が作られるに当たっての罪の環というか、2つの親子に殺意が連鎖だか伝播だかしていく感じなんだけど。
罪の所在は、一体どこにあるのだろうと考えている。史朗から始まって留美ちゃん、杏奈ちゃん、至くんに行き付き、ふたたび史朗に戻る。
もしかしたら授賞式で「長年の夢である人間の標本を作りたい」と発言して物議を醸し、「胴体が付いていると腐敗が早いから先に切断した方がいい」と蝶の標本の作り方を史朗に教えた一朗から、この悲劇は端を発しているのかも知れない。
幼少期に蝶の標本と拙い絵で作り上げた傑作『蝶の王国』で芸術的な才能を持つ一人の少女を魅了し、嫉妬させた無垢な少年が受ける報いなのか。
幼少期に魅せられた『蝶の王国』とそれを作り上げたごく普通の少年に嫉妬の炎を燃やし、それを超える芸術を作り上げるために人間を標本にする計画を立てた女性芸術家なのか。
母親が時折みせる芸術家としての暗黒面に戸惑いながらも、その屈折した夢のために奔走し、後継者の座を他人に渡してなるものかと、その手を血で染めようとする娘か。
自分と同じく芸術の道を志しながら、後継者争いから除外された巨匠の娘に悲哀を感じ、禁断の所業の片棒を担ぐことにした蝶博士の息子か。
父親は自分の息子が快楽殺人犯だなんて認められない。あの子は優しい子だから。ありえない。もしかしたら榊家に流れる血が殺人犯を作り出してしまったのではと苦悩し、自らの手で最後の標本を作り上げる。
ニワトリが先かタマゴが先か。罪の所在はどこにあるのか。それは幼く残酷で純粋な精神が閉じ込めたとても小さな嫉妬心から始まったのかも知れないが、重なり合って混ざり合って今となっては殺意の出どころはわからない。
そこに救いはない。人物それぞれが内面に葛藤を抱え、何がしかの影響を与え合い、殺意のバトンが渡されていった結果、人間標本が完成する。人は同じものを見ても、同じようには見えないらしい。同じ作品を観たとしても感じ方や気になる所も違ったりするものだ。
