【戦争のプロパガンダ③】敵のリーダーは悪魔のような人間だ

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たとえ敵対している国があったとしても、その国のすべての住民を憎むことは不可能だ。

そんなときは、「相手国のリーダーがいかに残忍で悪魔のような人物か」というイメージを植え付けることが戦略的にも重要になる。

指導者の悪い一面を強調することで、その国で日常生活を営んでいるはずの一般市民の姿を覆い隠してしまうのだ。

この記事ではアンヌ・モレリ著「戦争プロパガンダ10の法則」から3つ目の法則「敵の指導者は悪魔のような人間だ」をご紹介する。

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指導者の信用を失墜させる

相手国の戦意を失わせるには、指導者の無能さを強調し、信頼性や清廉性を疑わせることが必要だという。

マスコミを使って、敵の首相や大統領、将軍といった肩書きを「かぎかっこ」でくくることで、その地位や権威の正当性に疑問を投げかける方法がしばしば使われる。

  • 〇〇「首相」
  • 〇〇「大統領」
  • 〇〇「将軍」

つまり、「この人物は本当にこの地位と権力を持つに相応しい人物なのか?」と問いかけ、仮にも一国の「大統領」ともあろうものが、こんな体たらくで良いのかというイメージを植え付けるのだ。

  • 成敗すべき悪人
  • 異常者
  • 野蛮人
  • 凶悪犯罪者
  • 人殺し
  • 平和を乱すもの
  • 人類の敵
  • 怪物

これまで、敵の指導者たちに与えられた異名はさまざまだが、イメージ戦略でこんな人物だと宣伝する必要がある。

すべての悪はコイツのせいであり、戦争の目的はこの悪者を捕らえることだと、参戦することを正当化できればよい。

たしかに、このような人物像が稀に正しい場合もあるが、こうした敵の「怪物」も戦争が始まる前は「誰からも歓迎され愛すべき人物だった」というのはよくある話だ。

ドイツ皇帝ヴィルヘルムの場合

ドイツ皇帝ヴィルヘルムは、第二次世界大戦が始まるまではイギリスでも愛すべき人物として迎えられていた。

開戦の数ヶ月前の1913年10月17日付のイブニング・ニュース紙では、「完璧な紳士」として紹介されている。

「皇帝ヴィルヘルムは、高貴な紳士そのものといっていい方であり、そのお言葉は、幾千の礼儀的な誓約よりよほど信頼できる。われわれが常に心より歓迎し、惜別の念をもって出立を見送る客人である。そして、彼はまた、われわれと同様、正義にもとづいて国を導こうという意志にあふれた指導者でもある」

ところが、戦争が始まると一転、皇太子へのバッシングが始まり、皇帝は異常者や人殺しと罵られ、その評価は天国から地獄へ真っ逆さまに落ちて行った。

1914年9月22日付、イギリスのデイリー・メール氏には以下の書簡が掲載された。

「狂人ヴィルヘルムが、ランスの聖堂を破壊する命令を出したところで、イギリスや欧州文明国、アジアを混乱に巻き込むことはできないだろう。このたびの野蛮極まる行為は、われわれをひるませるどころか、団結を強めただけである。未曾有の惨禍から脱出するために、われわれは団結を強めた。狂人は、みずからが火あぶりの刑になるのも知らず、薪を積みあげている。この怪物は、われわれを脅威にさらす。われわれは、たとえ死力を尽くしてでも、現代のユダとその手下である悪魔のような奴らが一掃されることを信じ、歯を食いしばって戦うのだ。正義が勝利する日まで、われわれは忍耐に加え、勤勉かつ精力をもって戦おう。従順な国民を野蛮な一団に変えてしまった犯罪的な君主、犯罪的な皇室を排除することができるのならば、われらがイギリスはその血を惜しまない。(後略)」

1915年5月15日付、ザ・タイムズ紙には次のような記述が見られた。

「ドイツによる大罪の責任、戦争に関する文明国間のあらゆる法と慣習を犯した責任は、ドイツの指導者、つまり皇帝とその側近にあり、われわれの懲罰と怒りは彼らに向けられている、とロバート・セシル卿は語った」

デイリー・エクスプレス紙の社説は、ドイツ皇帝がイギリスの最高勲章である「ガーター勲章」を剥奪されたことを告げ、次のように書いている。

「町は焼かれ、老人も子供も殺され、女たちは暴行を受け、罪のない漁師たちも、王冠をかぶった犯罪者の命令で溺れ死んだ。『大いなる裁きの日』が来たとき、彼は、ファラバ号とルシタニア号の犠牲者から報いを受けることだろう」

ヴィルヘルム皇帝はオランダに亡命

第一次世界大戦の末期、アメリカ大統領ウィルソンは終戦の条件としてドイツの帝政廃止を挙げ、ヴィルヘルム皇帝はオランダに亡命した。

連合国側は正式に身柄引き渡しを要求したが、オランダはこれを拒否した。

だがこのとき、連合国側はオランダの姿勢に譲歩したかのように見せていたが、内心はほっとしたに違いない。裁判が始まってしまえば、皇帝を有罪に追い込む決定的な証拠がいっさい存在しないことが露呈してしまうからだ。

偽造された皇帝の「物証」

ヴィルヘルム皇帝の戦争犯罪の責任を追求する「物証」とされたのが、皇帝が開戦直後にオーストリア皇帝に送ったという次の書簡だ。

「私の胸ははりさけんばかりに痛む。だが、それでもあえて流血も戦火もおそれず、老若男女すべてが団結しなければならない。樹木も家屋もすべて投入しよう。こうした恐怖をくぐりぬけてこそ、フランス国民のような堕落した民に打撃を与えることができるのだ。戦争は2カ月足らずで終結する。だが、私が人道的配慮を優先すれば、かえって何年も戦いを泥沼化させることになるだろう」

パリ大学法学部のラルノード教授(一般公法)とラプラデル教授(国際公法)に、この文書を見せると、両教授ともシャルムタン司教主催の「東方教育普及使節団通信」にこの書簡が掲載されていることを指摘しただけだったという。

フランスでは、この書簡が皇帝の戦争責任を立証する根拠としてたびたび引用されているが、1921年11月22日付のドイツの新聞、ベルリナー・ターゲブラット紙は、この書簡の存在をはっきりと否定しており、偽造された可能性が高いと主張している。

この文書の信憑性や出どころは依然として謎のままである。

皇帝はオランダで余生を送る

ヴェルサイユ条約には国際倫理と条約を侮辱した罪で、ヴィルヘルム皇帝に対して戦争裁判を開くことが規定されていたが、連合国は慎重な態度を維持し、裁判を開こうとしなかった。

悪魔に仕立て上げられた皇帝への激しい追及は、戦後すぐに忘れ去られていった。

戦時中、犯罪者として糾弾された元皇帝は、オランダで亡命生活を送ることが許され、そこで生涯を終えた。

アドルフ・ヒトラーの場合

第二次世界大戦以来、ヒトラーは「悪の象徴」としてすっかり定着し、敵のリーダーはしばしばヒトラーに例えられ、「第二のヒトラー」や「ヒトラーの再来」との異名を与えられる。

1940年6月、連合国はコンピエーニュでフランスが降伏を認めたときのヒトラーの映像を加工して、彼の異常に興奮している姿をニュース映画にして騒ぎ立てた。

満足げにほほ笑む顔、足を高くあげて、かかとを踏み鳴らす姿を流すことで、まるで彼がその場で喜びのあまり小躍りしているように見せた。

こうしたヒトラーの姿は、ドイツに占領されていない連合国で放映され、ドイツ軍のトップは滑稽な人物で大した存在ではないと印象づけられた。

サダム・フセインの場合

敵の大将を「悪魔」に仕立てあげる戦略は、ごく最近でもあらゆる敵対関係において使われている。

イスラム色が強いイランに対抗し、非宗教路線を掲げるサダム・フセインは西側寄りの指導者として欧米で評価が高かったが、湾岸戦争が始まると第二のヒトラーと呼ばれ、その容貌についても揶揄された。

フセインの髭を修正し、ヒトラーそっくりに見せかけた写真も雑誌「ニューズウィーク」の表紙を飾った。

1991年2月14日号のル・ヴィフ・レクスプレス誌は、黒い背景の前で暗い表情を浮かべるサダム・フセインを表紙にして次のような見出しを付けた。

「サダム・フセインの企み。核、破壊、奇襲、テロ、犠牲、征服、そして…」

ミロシェビッチの場合

ユーゴスラビアのミロシェビッチ大統領も例外なく槍玉にあがる。

イタリアの週刊誌エクスプレッソは、ヒトラーとミロシェビッチの顔を左右半分ずつ合成した「ヒトラシェビッチ」の写真を表紙に使った。

ユーゴスラビア空爆が始まってすぐのル・ヴィフ・レクスプレス誌の表紙はミロシェビッチの顔写真と「ミロシェビッチの脅威」というタイトルが載るネガティブな印象を与えるものだったが、この3年前、彼はパリでボスニア・ヘルツェゴビナ和平協定が結ばれた際にクリントン大統領やシラク仏大統領と仲良く乾杯の席に並んでいた。

1999年4月8日付のル・モンド紙でも、次の記述が見られる。

「彼の兄弟がタバコの密輸をしている」

「彼の妻は成り上がりの野心家で幼い頃に父になかなか認知してもらえなかったトラウマから心に闇を抱えている」

ル・ヴィフ・レクスプレス誌は記事でこう結んでいる。

「スロボダン・ミロシェビッチとミラは夫婦ではない。犯罪者同士が手を組んでいるだけだ」

ル・モンド紙も次のように書いている。

「NATO軍は、旧ユーゴスラビアの悪の根源ともいうべき人物、バルカン半島の暴君が誰であるかを突き止め、はっきり敵として認識したのである」

敵のリーダーを悪魔に仕立て上げる戦略は効果的なプロパガンダで、これからもことあるごとに使われるだろう。

国民や読者に善人と悪人をはっきりと認識させたい時は、相手を「最悪の敵」ヒトラーにたとえることである。

どんなに弁明しても、悪の化身であることを否定しても、ヒトラーに例えられた途端にすべての名誉は失われる。

あとがき

敵国の指導者は、その異常な姿が嘘だったとしても、怪物や狂人として国民に報道される。

為政者は敵の指導者を悪魔のような人間だと流布し、悪魔を退治するために戦争に参加すると国民を説得する。

これは参戦を正当化するための戦争プロパガンダなのだ。

出典:アンヌ・モレリ著「戦争プロパガンダ10の法則」

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